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第54話 大きくなったな

 三年前の感覚を呼び覚ます。


 ここ数日、過去の記憶と共に魔力の使い方を再確認し、もう力の加減に不安要素はない。 

 ふわりと髪がなびいた。

 数日前、感情のままにやろうとしたのとは違う、身の内の力の転換。

 表裏の入れ替えとも言うべきだろうか。

 

「ルイ……」


 呆然としたリズの声が聞こえた。


 おれの髪は今、元の黒色から青に転じているはずである。

 そんな姿を見たら、当然驚きもするだろう。


「おいっなんだこの状況!?」


 イリヤの声が飛び込んでくる。


「スティアか!」


 シオも駆けつけてきたらしい。


「イリヤ! 倒れてる人たちの方に結界を張って! 私とシオは周囲に!」


 サラの指示があってからすぐに、三人が周囲に結界を張ったのが分かった。


「なんだ、遊びは終わりか」


 つまらなさそうにスティアは呟く。

 目的は分かっていた。


「わざわざ子供の体をのっとるなんて回りくどいことしたのは、力を解放した状態の今のおれと、一戦交えておきたかったからだろ。おれの力は、魔だけを打ち消せるから」


 スティアは口端(くちは)を歪めて笑った。


「まぁな。こっちも目が覚めたばかりだし。お前も封印魔法が解けたばかりだろうから、準備運動にちょうどいいだろう? けど、解放した後はずいぶん消耗するぞ? そのあと僕が自分の体で攻めて来たらどうする?」

「兄さんはそういう性格じゃない」

「…………」


 スティアは笑みのまま沈黙した。


「したたかになりやがって」


 それがきっかけになった。

 ぐっと濃さを増した空気が辺りを覆う。


「アスカ! 無理はしないで!」


 ざわつく大気に負けぬよう声を張り上げたサラに、おれは沈黙で了解の意を伝え、大地を蹴った。

 スティアは動かずに無数の刺々しい光の粒を眼前に生み出す。

 先日石畳に大穴を開けた光である。そのまま突っ込めばただでは済まない。

 だが避けるのは無駄だとおれは腕をひと振りした。

 反する性質の魔力をぶつけただけの、原始的な相殺方法である。


 それで光の粒は掻き消え、進む先のスティアと一瞬視線が絡む。直後、スティアは宙へと身を翻した。

 最初から結果を分かっていたのか、スティアはその中で顔色を変えることは一瞬もない。


 逃げるスティアをを追いながら、おれは両の手を眼前で打ち鳴らす。

 合わせた両手の面を水平にしながら左右に広げ、そこに薄い魔力を生成させた。

 薄青く輝くその魔力の光を掴み、ひと振りする。するとそれは剣のように手に馴染んだ。


 光を放つ剣で(くう)を切り裂くと、その軌跡から剣と同じ光の帯がいくつも伸びる。

 光はさまざまな弧を重ねながら宙へと逃げたスティアを追うが、動きを捉えるには至らず、端から霧散してゆく。

 だが重ねて剣を振ることによって生み出された新たな追尾の光は、先行の光の残滓を突き破ってスティアを目指した。


「……ふん」


 延々と避け続けるのを面倒に感じたのか、スティアは動きを止め、迫る光を正面から睨み据える。


「消えろ」


 光はスティアが放った意思と魔力によって掻き消され、スティアは虚空からまっすぐこちらに向かって進路を変えた。

 手には魔力を(まと)っている。


「……」


 おれは迫るスティアから目を離さず、防御か回避かぎりぎりまで判断を悟らせないよう、静止したまま。

 宙へ身をかわしたのは向かってきたスティアと接触する寸前だった。直後、轟音と共に砂煙が辺りに舞う。


 その中からスティアが立ち上がり、土で汚れた右手をかるく振って上を仰いだ。

 手刀による攻撃はおれには当たらなかったが、周囲に細かい地割れと窪みを作り上げている。


 上空へと飛んだおれは、くるりと回転して虚空に足場を作り逆さに着地する。

 地上の様子にさっと視線を走らせて、光の剣を手にしたまま大気を蹴った。


「大きくなったな」


 スティアから突然かけられた言葉に、眉がぴくりと動いたのを自覚する。

 ほんの僅かに途切れた集中に、スティアはしかし、付け入ってはこなかった。


 一瞬でも反応した自分に苛立ちを覚えつつ、おれは剣を構える。

 スティアは今度は受け止める気があるらしく、周囲に光の粒を生み出しそれを集め、おれのと似たような形状の剣と成して構えた。


 おれたちの剣は正面からぶつかった。

 余波が、凍り付いたように事態を見守る人々に向かって放たれるが、サラたちが張った結界が人々を守っている。


「……目が覚めたら、追いかけてきたお前を相手にすると思っていたよ」


 交えた剣で押し合う合間にスティアが話しかけてくる。


「だから驚いた。成長しているんだもんな、お前」

「……だから何だよ」

「少し嬉しいって思ったんだ」

「………………」


 おれは何も答えなかった。


「お前が成長して、もっと楽しめるようになったのが嬉しいってことなのか」

「…………」

「兄としてお前の成長が見られて嬉しいのか」

「………」

「どっちだろうなぁ?」


 本当に分かっていなさそうに、スティアは言う。


「でも、もうこれ以上大きくなったお前は見られないだろうな」

「……」

「俺たち両方が生き続ける未来はないから」

「あんたは生かさない」


 低く、おれは言葉を返した。

 深く踏み込んで、スティアの剣をはじく。

 子供の体で剣を振るっているその身長差が、剣捌きの決定的な差になった。


「……っ」


 跳ね上げられた剣を握っていた右腕ごと、スティアの体が後方に傾く。

 その隙におれは、剣を真横に振り払った。


「シーラ!!」


 剣は少女の体を完全に薙いでいた。

 結界の向こうから見ていたノーラさんの悲鳴があがる。


「大丈夫ですっ! あの剣は生身は切りません!!」

「いや……、あ……ぁ……嘘……っ」


 そばにいたサラが叫ぶが、その声が聞こえているのかいないのか、ノーラさんは呆然として拒絶の言葉を繰り返す。


「……あぁ、今ので限界だ」


 スティアの手に握られた剣から光の粒が零れ落ち、それは空気に溶けて消えていった。


「……決着は、どこで着ける?」

「あぁ……そうだな」


 互いに、ぽつりと言葉を交わした。スティアは苦そうな笑みをこぼす。


「……修道院が、まだ、のこっていた」

「…………」

「千年もたってるのに、すごい、よな……」


 正面から対峙しているスティアにしか分からない程の小さな頷きを、おれは返した。

 シーラの瞳が閉じられ、体が力を失いよろめくのを、おれは倒れる前に抱きとめた。




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