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第53話 暇なんだろうよ

「シーラ!!」


 ノエルは思わず診ている手を止めて声の方へと顔をあげる。

 そこには少女の母親ノーラの姿があった。


「お、おばさん……」

「シーラ! シーラ何やってるの!? どうしたの!? こっちにおいで! 危ないから!!」

「やめろあんたっ! あのガキなんかやべぇ!」


 シーラに駆け寄ろうとする母親を、近くにいた男が必死に押し留めていた。


「やばいって何よ! 私の子なのよ! 離して!!」

「……この体の母親か。必死だな」

「シーラ!? 一体どうしたの!? 何があったの!?」


 明らかに普段と違う雰囲気と言葉遣いであるのにも関わらず母親はシーラへと話しかけることをやめない。


「シーラ! お母さんのとこに来て! 早く! 危ないから!」

「必死に母親ぶられると苛立つからやめてくれ」

「何……シーラ本当にどうして……」

「体を借りてるだけだ。誰も攻撃してこなければ、この体も傷はつかないし、用が済んだら僕は出て行く。そうしたら子供は無事に戻る。だから大人しく待っていろ」


「い、いやぁ……! シーラ……!!」


 スティアの言葉を、言葉の意味としては理解したのだろう。だが現実が理解できずに母親は悲鳴を上げるしかなかった。


「ほら、そこの医者志望。手当てするんだろう。ぼけっとしてると手遅れになるぞ」

「っ」


 言われてノエルは唇を噛む。

 優先すべきはまず命を繋ぐことだと己に言い聞かせた。


「シーラ……、そんな、そんな……お願い、返して……」


 母親は傍らの男の体にすがり付くように地面に膝をついた。


「それでいい。母親を殺したら、僕に体を貸してくれた子供が可哀想だからな」


 それにしても遅いな、とスティアが呟いた直後だった。



   ***



「何をしてる」


 サラといた建物の屋上からここまでは、飛べば一直線でそう遠い距離ではなかった。

 スティアに声が届く位置まで来たおれは、その場でいったん止まり、そう問いかける。

 よくもまぁこんなに冷たい声が出るものだと、どこか他人事のような自分がいた。

 聞きはしたけれど、状況は見ればすぐに理解ができる。


 魔力の檻に閉じ込められているリズと、倒れた人たちと、その治療をしているらしいノエル。

 そして、パン屋の女の子シーラの中からするスティアの気配。


 ここで決着まで着ける気はないにしろ、おれと一戦交えに来たのは明白だった。


「……っルイ!」


 リズが泡玉の壁に手を付いて名前を呼んでくる。


「……はは、飛んで駆けつけてくるなんて、よっぽど慌てたみたいだな」


 おれはスティアを睨みつけたまま、ゆっくりとその場に降り立った。

 そのすぐあとに、少し遅れて到着したサラが後ろに降り立つ。


「暇なのか?」


 怒気を含んだ低い声をスティアへと突き刺す。

 だがスティアはうすら笑いを浮かべたまま、軽く肩をすくめるだけだった。

 

「そうだな。暇つぶしに来てみただけだし、ということは、暇なんだろうよ」

「暇つぶし……?」


 売り言葉に買い言葉ではあるが、スティアの口から語られた言葉と、この悲惨な状況は釣り合わなさすぎる。

 倒れている人たちには何も罪はないはずだ。

 ノエルが必死に治療をしているけれど、全員が助かるとは限らない。むしろその可能性は低いだろう。


 取り憑かれているシーラの母親であるノーラさんは絶望の淵で青ざめているし、捕えられているリズも小さく震えている。


「誰もお前の相手なんかする為に生きてない」

「言ってくれる」

「その体から出て行け」

「追い出してみな」


 シーラの顔で、スティアはにたりと笑みを見せた。


 その場は一瞬にして禍々しい気配に満ちる。

 紛れもない、悪意であった。


「どうするんだ? この体に入れたのは僕の力の一部だけだし、まともにやれば簡単に消せるだろうけど、この子供を無傷で助けたいなら相当厳しいぞ?」

「…………」


 おれは何も答えずに右の靴で地面を擦った。

 低く腰を落とし、大地を蹴る。


 ノーラさんが言葉にならない叫び声をあげる。

 おれがシーラを攻撃すると思っているのだろう。


「ルイ……!!」


 ノエルが発した声も制止の響きを含んでいる。

 魔物と同じように攻撃する気なのかという意図がそこにはあった。


 おれの接近に合わせてスティアも体をふらりと揺らす。

 おれは練り上げた魔力の性質を操作した。

 それをシーラの中のスティアに叩き込むべく、距離を詰めーー


「ルイっ! やめて!!」


 リズの声が響くと同時に周囲に土煙が舞い上がった。


「……強がってるフリはしても、内心は焦ってるんだろう?」


 収まっていく土煙の中からスティアの言葉を乗せたシーラの声が届く。

 スティアはさっきまでいた位置から少しずれたところに立っていた。

 その姿に、目に見えるようなダメージは見受けられない。


「…………」


 だが、おれの方は無傷ではなかった。

 だらんと下ろした左腕のその指先から、伝い流れた血がぽたぽたと地面に血痕を作っているのが感覚で分かる。

 先ほどまで静まり返っていた広場は悲鳴や怒号が飛び交い始めていた。


「この子の体が心配で、かなり加減をしたな。今の弱い僕相手に怪我をするなんて」

「アスカ! 結界を張るわ!」


 サラの声が混乱状態の場に響く。


「だから、全力で終わらせて!」

 

 その言葉を合図にした。



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