第46話 倫理観どうなってんだ
兄さんを討つのが、おれの生まれた理由だから。
それはもう、どうやったってリズには否定できないだろう。
過去は覆せないのだから。
「ま、って……え?」
リズは今度は理解が追いつかないというような表情だった。
「おいルイ、なんだよそれ……」
ずっと話を聞いていたノエルも、信じられないという顔で見てくる。
「今、兄さんって言った……?」
「うん。半分だけど血が繋がってる」
「ちょ、待ってくれよ……!」
「母さんが同じなんだ」
「えぇえっ!?」
「嘘だろ……っ」
サラが後ろからそっとおれの指に触れた。
どこまで話すのかと疑問に思ったのだろう。
おれはサラに視線は向けず、サラの方へほんの少し顔を向けた。
指が離れていく。
話すつもりがあるという意図は伝わったらしい。
「おれは、兄さんが本当に化け物になったとき、人がそれに対抗できるようにって作られたんだ」
「待って、待ってよ……。全然ついていけない……っ」
「だからおれは、兄さんの討伐を、人任せにするわけにはいかない」
「待ってって言ってるでしょ!」
リズはおれの服の裾を掴む手を握り込んだ。
「つ、作られたって……どういうことなの……?」
「人より魔力が多くなるようにって、母さんがそういう産み方をした」
「そんな……、そんなこと……っ」
リズは色んな疑問で頭がいっぱいになっているらしく、うまく言葉にできないで口をハクハクさせている。
「どういう方法だとか、この際そんなのは置いといても……」
リズの代わりに、ノエルが低い声で話しだす。
「お前の時代、倫理観どうなってんだ」
「ははは……」
ノエルのツッコミには、流石に笑うしかなかった。
倫理観なんてものを大事にできるのは、ここが平和な時代である証拠だ。
その平和を脅かしているやつを、放っておくわけにはいかない。
「お前、笑って誤魔化すのやめろ。いくらなんでもそんな風に流していい話じゃないだろ」
「だって、そう生まれちゃったもんはしょうがないし。おれの存在が倫理的に良くないって言われても、じゃあおれ死ねばいい?」
「……おい」
ノエルは怒ったようだった。
「そんな話はしてないだろ」
「だって、おれの生まれ方を否定するところから始められても困るんだけど」
「…………」
「そんなこと、とっくに笑い話だよ」
ノエルは何か言いたげな顔だったが何も言わなかった。
「都警隊に話してもいいよ。だけどこの時代の人に兄さんは殺せないと思う。数で攻めればチャンスもあるかもしれないけど……確実に、何百人……下手したら何千人も死ぬ」
「ルイなら倒せるって言うの……?」
「……まぁ、頑張ればギリギリ」
「ギリギリって……!」
「いや、それにさ……そもそも兄さんが、おれを放っておいてはくれないから」
「え……」
自分を殺すために作られた相手を放っておくやつなんていないだろう。
それに兄さんは、そのこと以上に弟であるおれに拘っていると思う。
「たぶん、魔物の大きな群れを差し向けてきたのは、おれがいたところだけだと思う」
「そう、なの……?」
「うん……。でもその分、他の地域はそこまで魔物の被害は出てないかもしれない」
「それは……不幸中の幸いなのかな?」
「だけど、おれの周りにいた人たちは、おれのせいで余計怖い思いをしただろうから……リズたちも、ごめん」
「そんなこと、ルイが謝らないで……!」
気が付けば、現代を生きるノエルたちには信じがたいことを立て続けに話している。
それでもノエルもリズも、嘘だと言わずに全部信じてくれているのが凄い。
こんな話、普通は疑うものじゃないだろうか。
「そもそもさ、二人だからおれの話信じてくれてるけど、この地震と魔物が人のせいって言ったって、他の人は信じないよきっと」
「それは……」
「ナタリア信じてくれてる?」
「あ、あたしは……」
おれが突然話を振ったせいか、ナタリアは慌てたように答える。
「あたしは……あの、あんたの兄貴っていうのが……消えたの見たから、本当なんだろうなって」
「消えた?」
「生身を解いていなくなったのよ」
サラはおれが気を失っていた間に起きたらしいことを補足してくれる。
だがナタリアも、ノエルもリズもサラの補足では何も分からなかったらしい。
三人とも怪訝そうな顔をしている。
「……魔族は、精神体と生身とを自由に移行できるから、それを応用すれば魔力を切り分けて生身をいくつか作れるんだ。もちろん、意識としてはひとつだから、同時に複数の体を動かしたりはできないみたいだけど」
「ど、どういうことなのそれ……」
「ここにいたのとは別に、本体の生身があるんだと思う。だから、意識を本体に移して、さっきの生身は魔力に戻して消したんだ」
「何それ……気持ち悪い」
ナタリアの反応は正常だと思う。
「クライドさんに話したら信じてくれると思う?」
「……正直、夢でも見たんじゃないかって言われると思うわ」
「だよね」
「待ってよ!」
おれとナタリアの結論に、リズは納得いかない顔をする。
「最初はそう言われるかもしれないけど、私たちがみんなでちゃんと説明すれば信じてもらえるわ!」
「それで?」
リズの訴えに切り返しをしたのはずっと黙っていたサラだった。
「それで、現代人をたくさん戦わせて、大勢無駄死にさせる気なの?」
「そ……んなつもりじゃ、ないけどっ」
「それで死んだ人の家族に、なんて言えばいいの? アスカはまだ子供だから、戦いには出せませんって?」
「そ、それの何が悪いの!?」
「なんで戦えるのに戦ってくれないんだって、責めらることになるのが想像できない?」
「そんなのっ、責める方がおかしいのよ!」
「だったらあなたたちは死ぬべきだったわ……っ」
過激なことを言い出したサラに、リズは一瞬怯んだ。
でもすぐにキッと表情を固くする。
「どういう意味!?」
「ここに避難してくるとき、あなたたちは誰に戦わせたの!?」
「…………っ」
リズは息を呑んだ。
「アスカでしょ!? おかしいわね! どうして大人に任せなかったのかしら!?」
「そ、れは……っ」
「自分だってアスカに戦ってもらったおかげで生きてるくせにっ、綺麗事ばかり言わないでよ!!」
「…………」
リズは言葉を返せなくなって黙り込んだ。
サラの言っていることは筋としては通っているけれど、言い方があんまりだとは思う。
そもそもリズはずっとおれに戦うなと言っていた。それを無視したのはおれだ。
「……サラ、でもさ……」
気がついたらおれはリズのフォローに回っている。
リズの意見は否定しなきゃいけない立場なのにだ。
「そもそもおれがいなきゃ、警護屋の人たちだけで対処できる数しか襲ってこなかったかもしれなくて……」
「アスカもアスカよ!」
「え、僕?」
急にサラに怒鳴られて、つい昔の口調が出る。
「その自分から傷付きに行く感じまで封印魔法でそのまんまなの!?」
「えぇ……」
なんかあまりの言われようではないだろうか。
「戦う理由をそんなに並べ立てて、この子たちに、ならしょうがないって言って欲しいの!?」
「…………」
「何も感じないフリには心底腹が立つわ!」
おれの腕を、サラがガシッと掴んでくる。
そのまま図書館の敷地に向かって歩き出したサラに引っ張られて、おれはついて行くしかない。
するとその場に立ちすくんでいたリズの手が、服の裾から離れた。
「っルイ!」
リズに呼ばれる。
おれは少しだけ後ろを振り返った。
二人の目は見れないまま。
「……ごめん」




