第44話 悪趣味すぎる
さっきまで自分の中に吹き荒れていた感情が、嘘のように収まっていた。
地面に座り込むおれの周りに、ノエルとサラ、リズ、イリヤ、ナタリアがいる。
何だろうこのメンツ。
「ルイ、思い出したの……?」
ノエルの後ろから、服が汚れるのも構わずに地面に膝をついているリズが不安げに尋ねてきた。
答えはイエスだ。
思い出している。
ぜんぶ。
「うん」
「ど、どうして? 何があったの?」
「あー……色々……魔法をかけてたんだけど、それを解かれちゃって」
「え……? どういうこと?」
「うん……ごめん。おれが記憶なかったの、怪我とか熱のせいじゃなかったんだ」
「え?」
「自分でかけた封印の魔法のせいだったんだ。自分のせいだったんだよ。ごめん……」
「なに、それ……」
納得いかないというようにリズは呟いた。
記憶がないことでたくさん迷惑をかけたのに、自分が原因でしたなんて言われても、そりゃ納得できないだろう。
それを今、ごめんの一言で済ましたことも。
「…………本当に、ごめん」
おれは言い逃げるように立ち上がる。
リズは膝をついたまま見上げてきた。
リズの強張った表情がおれからはよく見えたけれど、リズからは逆光になって、おれの顔はよく見えていないだろう。
立ち上がったら、少し離れたところに立っていたナタリアと視線の高さが合う。
「ナタリアもいたんだな……。変なとこ見られた……」
「あ、あたしは……その、成り行きで」
ナタリアにしては珍しく歯切れが悪い。
どうしよう。
どうしたらいいんだこの空気。
誰も彼もが、重苦しく沈黙しがちだ。
おれは、みんなにそんな顔をさせたいわけじゃないのに。
「いやまぁ……とんでもないところ見せちゃったし……そりゃそうなるか……」
「あなたが戻ってこないから何かあったんじゃないかって探していたの」
おれが困っていたら、サラから助け舟が入った。
「女の子から、あなたが青い銀髪の人と一緒に外に行くのを見たって聞かされて心臓が止まるかと思ったわ」
「………………」
ここ数日のスティアの姿を思い出し、おれは顔をしかめる。
「悪趣味すぎる……」
これでは、まるで。
(ほんとうに、昔のままごとだ)
「なんであいつと一緒にいたんだよ?」
ぶっきらぼうに尋ねてくるイリヤ。
すごく懐かしいはずなのに、いつも通りの光景なような気もする。
「……何日か前に接触してきたんだ。記憶なくてへらへらしてるおれが面白かったんだろうけど、そのうち全然思い出さないのがつまらなくなったんだと思う」
「ごめんなさい。再会した時、すぐに魔法を解いてれば良かった…」
サラは俯いたままそう言った。
だけどそれは難しかったんじゃないかと思う。
あの時おれは、サラのことを尋常ではないくらい拒絶したはずだ。
「……いや、絶対無理だったよ。あのときのおれに記憶を戻させるなんて、サラにできたわけない」
「でも」
「ムカつくけど、ある意味兄さんで良かったのかも。みんなにさせることにならなくて」
おれが言うと、サラもイリヤも黙り込んだ。
消極的な同意なのだろう。
「何の話してんだよ……」
ノエルが立ち上がって尋ねてくる。
怒っている、という主張をのせた声音だった。
リズも立ち上がり、近くからまっすぐ視線を向てくる。
「このあいだの地震と、大量の魔物……」
上手く説明できるか分からない。
でも、適当なことは言いたくなかった。
ノエルたちはこの三年間、ずっとおれに良くしてくれていたのだから。
「あれは、あいつの仕業なんだ」
「あ、あいつって……さっき消えた奴!? 人がやったって言うのか!?」
「うん。普通の人間じゃないけど。魔族と人とのハーフだよ」
「魔族?」
「人型の魔物のこと」
「はぁ!?」
奇しくもこないだナタリアが言っていた、有り得ない想像とされていた存在である。
「おれたちの時代でも珍しかったから、もうとっくに絶滅したのかもしれない。だから有り得ないみたいに言われてるんだと思う」
「いや、ちょっと待て。時代って何だ? お前、まさか過去とか未来から来たって言う気じゃ……」
「そう、過去から来た」
「ふざけんな!」
ノエルの反応も無理はないと思う。
もしおれが記憶を失ったまま、この時代の知識しかない状態でそんなことを聞かされたら、からかわれていると思っただろう。
だけど、本当なのだ。
「時渡りって言う魔術があるんだ。未来にしか行けないんだけど。それで時を超えてきた。だけど……」
おれは一瞬だけサラを見た。
サラの瞳が若干揺れる。
「……事故で、おれだけ時間がずれて着いたんだ。三年前の大怪我はそれのせいで」
「待て! 待てよ! 何言ってんだお前!」
「はは……信じられないよな。ごめん」
「…………」
おれが謝ると、ノエルはグッと顔を歪めたが、何も言ってこなかった。
おれが嘘を言ってないことを分かってくれたのかもしれない。
「魔族とのハーフは混じり子って呼ばれてて、おれたちの時代では禁忌だった。本当なら生まれたらすぐ殺されたはずなんだ。魔族の……魔物としての本能を半分持ったまま、人どころか魔族も敵わなくなるくらい、魔力が強くて危険な存在になるからって」
「……生き物の存在力を奪うっていう、魔物の本能?」
「うん」
「なんか……絵本に出てくる魔王みたいな感じか……?」
「あぁ……、言われてみれば、そうかもしれない」
ノエルの部屋にしまい込まれていた、子供向けの絵本を読ませてもらったことがある。
そこには、人を襲う魔王と、それをうち滅ぼそうとする勇者一行の話が描かれていた。
「魔王……」
「そうなる前に、殺しておけば良かったんだ。でもあいつは生かされて、教会が監視することになった。でも結局、あいつはたくさんの人を殺して、生かしてはおけない相手になった。おれたちはその討伐が使命で、あいつを追ってきたんだ」
「じゃあ、その魔王を討伐する勇者が、ルイたちってことなのか……?」
呼称はどうあれ、関係性の理解は間違っていないので、おれはノエルの問いに小さく頷いた。
おれの説明を、リズも、ナタリアも黙って聞いている。
「一度はあいつを倒す直前まで追い詰めたんだ。……でも逃げられた」
その時のことは、今ならありありと思い出せた。




