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第43話 幸せで良かったわね

 地面に膝をついているルイと、それを見下ろす男。

 その光景のあまりの異様さに、現場に駆けつけたリズはすぐに近付くことができなかった。

 ノエルも同様である。

 だが、その横を何の躊躇もなく駆け抜けて行ったのがサラだった。


 怒りに駆られたルイが、止めに入った少女の名を振り返りもせずに呼ぶのを、リズはただ呆然と見ているしかなかった。

 ルイの怒声も、怒りに満ちた表情も、見たことがなかったのだ。 


 そうこうしているうちに、突然周囲で風が吹き荒れ始める。

 生命力に満ちた風が暴れまわる圧迫感にリズはただ圧倒されるしかなかった。


「ルイ……? 髪が……」


 黒かったはずのルイの髪が、風に染まるように、夜明け前の空のような青色へと変わっていく。


 リズは傍らに立つノエルにしがみついた。

 ノエルは荒れ狂う風から守るように、リズの肩を抱く。

 その瞬間、すぐ横を駆けていく二人目の人影があった。

 イリヤである。


「アスカっ!!」


 叫んで、巻き起こる風の中心へと一直線に向かっていく。


(なんで。なんでそんなまっすぐに行けるの)


 悔しい。

 と、リズが自分の感情をそう自覚した直後であった。


 突然風が凪ぐ。

 リズがはっと視線を向けると、風の中心があった場所で、ぐらりと崩れ落ちる姿があった。


「ルイ……!?」


 意識を失っているらしい体を、イリヤとサラが支えている。

 髪色は黒に戻っていた。


「やだ、やだ、ルイ……!」


 今すぐに駆け寄っていきたいのに、震える足が言うことをきかなかった。



   ***



「賢明な判断だ。同じ死ぬにしても、犬死に確実な決着の付け方は面白くない」


 スティアは、力なく崩れたルイを後ろから支えるイリヤに向かってそう言った。

 イリヤは険しい顔で、スティアを睨みつけている。


「……死ぬのはあなたよ」


 スティアの言葉に返答したのはサラであった。

 だが、スティアは特に意に介した様子もなくくつくつと笑う。

 

「お前たちの思い通りにはならないよ」


 ゆら、とスティアの姿が虚空にぶれた。

 光が屈折したかのようにその輪郭が波打ち、ゆらぐ。


 リズはノエルの服のすそを強く掴んで体を強張らせ、ノエルは顔を引きつらせた。

 イリヤと同時に辿りついていたナタリアは、少し離れたところで息を呑む。


「それはこっちの台詞よ……っ」


 吐き捨てるようなサラの声と同時に、ひとの姿を留めなくなったスティアだったものが虚空に解けて消えた。


「………………」


 その場に静寂が訪れる。

 イリヤがふっと息を吐き、その場に音がよみがえった。


 穏やかに吹く風の音、瓦礫の欠片が遠くで転がる音。

 イリヤとサラの靴が石畳を擦る音。衣擦れ。

 気を失っているルイをイリヤが背負いこもうとしているのだと気付き、ノエルは我に返って走り出した。

 ふいに離されたリズは慌ててその後を追い、一人にされてはたまらないとナタリアも後に続く。


「ルイは!? どうしたんだ!?」


 ルイを勝手に連れていかれてはたまらないと、ノエルはイリヤから意識のないルイの体を半ば奪うようにして抱え込んだ。

 医者の手伝いをしているノエルは、意識のない人の体の扱いが圧倒的に上手い。

 まさかあっさりルイを奪われると思っていなかったイリヤは眉間にしわを寄せた。


「おい、てめ」

「なんで意識がないんだ!? 呼吸は!?」


 ぶつけて怪我をさせないように細心の注意を払いつつ、なおかつテキパキと迅速にノエルはルイの体を座らせ、背中を自身の立てた膝にもたれさせる。

 それから息を確認し、脈を診た上で頬を軽く叩いた。


「病人じゃねえんだからよ……」


 イリヤはうんざりしたように呟く。


「意識がないんだぞ! 普通じゃない!」

「気絶させたのよ」


 はっきりとサラが告げた言葉に、ノエルは目を見開いて、瞬きを一度した。


「させたって何だよ……。そんな簡単にっ、怪我させたのか!?」

「させるわけないでしょうっ」

「急所でも打たれなきゃ人は簡単に気絶しない! 加減を間違えてたらどうする……っ」

「だったら放っておいて死なせれば良かった!?」

「はぁ!?」


 ノエルとサラが目の前で怒鳴りあうのを見てイリヤはため息をつく。


「なんでルイが生きるとか死ぬとかに関わるんだよ!?」

「……ッ」


 サラは一瞬、言葉を呑んだ。

 そんな疑問をぶつけられるとは思ってもみなかったのだ。


「関わらないのが当たり前で生きてこられたなら……っ、幸せで良かったわね……!!」

「な……っ」

「アスカと違って!」

「どういう意味だよ!!」

 

 そう尋ねはしたが、ノエルは既に、サラの言葉の意味を理解できてしまっていた。

 記憶を無くす前のルイが、危険な環境で生きてきたのであろうことは、もう想像に難くない。

 そしてその生き方は恐らく、他に選択肢がなかったのだ。

 そう考えればサラの言葉に意味が通る。


 だが、気持ちの部分が納得できない。


「あんたたちの事情なんか知るかよ! 説明もしないくせに! ずっとルイのこと放ってたじゃねぇか!」

「好きで放ってたんじゃないわ!」

「だったら何だよ!」

「あなたには関係ない!」

「ルイのことで俺たちに関係ないことなんてあるか!」

「アスカもそう思うとは限らないわ!!」

「思わないわけ……っ」


 ノエルは中身のない感情的な反論を続けようとした。

 が、腕に誰かの手が触れたのに気付いて言葉を止める。


「……ルイ」


 うすく目を開いたルイが、ノエルの腕をそっと掴んでいた。


「おれなら大丈夫だよ」

「……ルイ?」


 ノエルは、小さく尋ねた。

 目の前の見慣れたはずの相手が、一瞬誰だか分からなかったのだ。


(ルイ、だよな?)


 脳裏を掠めた疑問を気取られぬよう、ノエルは表情を強張らせたまま息を吸って、吐く。


「魔法が解けて……、混乱した……」


 地面に手をつき、ルイはノエルの膝から身を起こす。

 そして傍らのサラに視線を向けた。


「心配かけてごめん。けど、ちゃんと事情は話すよ。ノエルたちは関係ある」

「……ごめん」


 サラは一言、そう呟く。

 勝気な印象ばかりだった少女が素直に謝罪したことに、ノエルは内心驚いた。




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