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第42話 母はそのために僕を

「あ、ぁ……」


 脳裏から溢れ出した記憶が、一気に頭の中になだれ込んでくる。


 光の奔流の中、握りあっていた手。

 青い瞳。

 あの手を離したのは、どっちだったのだろう。


「う……」 


 古びた門が見えた。

 黒い衣服を身にまとった人々。

 掲げられた象徴。


 精霊に愛された――


「う」


 禁忌だと、唇が動く。

 混じり子。宿命。抑止力。


「……っく」


 ほんの少し、立ち続けようとする力が反するそれに敵わず、膝が地面へと崩れ落ちた。

 視界を覆っていた手のひらが離れるが、実際に自分が見ているものがよく分からない。

 この石畳は、本当に今、目の前にあるものなのだろうか?


「あ」


 形が不揃いの石畳に木漏れ陽が射した。

 壁に立てかけられた(ほうき)と、手入れの届いていない下生えの木々。

 挿絵のたくさん描かれた本。

 頁を捲る白い手。青く光る銀の髪。


「……に、い」


 止まっていた歯車が、回りだす。



『ほうら。やっぱり俺は化け物だった』


 ――どうして


『俺を殺さなきゃならなくなったな?』


 ――兄さん……っ



 寒々とした石造りの修錬場。

 古びたインクと錆びたペン先。

 家族を失った子供の虚ろな目。棺に縋りつく年寄りの夫婦。


 おれは……僕は、兄を討たなければならない。


 ――だって。


 母はそのために僕を産んだのだから。



「あぁあアぁ!!」


 地面の石畳に付いた手を硬く握り締める。

 指の先から血が流れた。

 震える体は熱く、身の内で暴れる感情がコントロールを失う。


「思い出したか? アスカルティア」


 悠々と紡がれる己の名。

 色々な唇がそう音を発したことを、なぜ忘れていたのだろう。

 細めた目で見下ろしてくるスティアに、おれは心の底からの憎悪を向けた。


「レクスティーア……」


 搾り出すように呼んだ名が、スティアの口角をわずかに上げさせる。


「裏切り者……!!」


 おれは叫んで地面を蹴った。

 圧縮した魔力を纏った右手を思いっきり振りぬいたが、スティアはそれを簡単にかわし、距離を取る。


「ままごとは仕舞いだ」


 ――そろそろちゃんと向かい合わないとな。


 静かにそう告げてわらうスティア。

 おれは奥歯を噛み締めて、かがめていた身をゆらりと起こす。

 そして前へ向かおうと地面を踏みしめた瞬間、後ろから誰かに抱きつかれた。


「ッ」

「アスカ!  行っちゃ駄目!」

「っは、離せ! サラ!」


 後ろを振り返る必要はなかった。

 抱き着かれた瞬間に、相手が誰だかは分かっていたからだ。


「アスカっ? 思い出したの!? 記憶が戻ったの!?」

「離せ! あいつのっ、あいつのせいで……!」

「落ち着いて!」

「離せよ……!」

「無茶言わないで! 魔法が解けたばかりで不安定なの分かってるでしょう!?」

「はなせぇっ!!」


 サラの制止を振り切ろうと力を込めた足が地面をすべり、片膝が地面につく。


「滑稽だな」


 スティアは嘲るような口調で言葉を投げかけてきた。


「今さらそんな敵意をむき出しにして。思い出すのを拒んでたくせに」


 薄ら寒い笑みを浮かべるスティア。

 おれはギリっと奥歯を噛みしめる。


「あぁそうか。俺さえ目覚めなければ、平和な時代で普通に生きていけたのにっていう恨みか」

「……っう、ああぁあア!!」


 本当に。

 この世界からいなくなってほしい。

 髪の毛一本、塵のひと欠片すら残らず消え去ってほしい。

 おれの視界から消えるだけじゃ足りない。

 叶うなら、時を戻して、この世に生を受けることを阻止してやりたい。


「っアスカ!!」


 だってこいつが全ての原因なのだ。

 何もかも、笑いながら壊して、奪って。


「やめてっ、駄目よ……!」


 サラの制止なんか止まる理由にならないと思った。

 憎くて仕方がない相手が目の前にいるのに、怒りを鎮めなくてはいけない意味が分からない。

 すべての力を、ありったけをぶつけて何が悪いのだ。


 何もかも、全部終わるのだからどうでもいい。

 おれには何も残らないのだから。

  

「アスカ!!」


 身の内から風を呼び起こす。

 体の境界が薄くなったような感覚。

 世界を形作る力と自分の存在を混ぜ合わせていく。


 そうできるように生まれついたのがおれだ。

 視界の端で風に乱れていた黒髪がその色を変えていく。

 おれはこの、光を帯びた青い髪が嫌いだ。

 人間離れした自分が、嫌で嫌でたまらない。


「ぜんぶっ、にいさんの……っ」


 吹き荒れる風に乱れる髪越しに、涼しい顔で立つ裏切り者を睨みつけた瞬間。


 強い衝撃に視界が揺れた。


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