第41話 今度は僕の相手を願おうか?
どれだけ魔物を倒したのか、途中から意識するのをやめた。
地震が起こってから図書館にたどり着くまでに倒した数は軽く上回ったように思う。
次から次へと襲い来る魔物に、おれは片っ端から魔力を叩き込んだ。
幸い、魔力は尽きる気配がなさそうである。
けれど、体力の方はそろそろ限界を迎えそうだった。
「……ッ、っ!」
ようやく最後の一匹だ。
こうもりのような羽を持った魔物を霧散させ、次の攻撃が来ないことを確かめたらもう立っていられなかった。
気が抜けたようにその場に座り込み、荒い息を繰り返す。
肩が大きく上下するのは止められなかった。
「……はぁっ、はっ」
「大丈夫?」
ふと後ろからかけられた声に、おれはハッと後ろを振り返る。
結界の中に佇むスティアさんがいた。
「……スティアさ、無事ですか……?」
見た目は魔物の出現前と何も変わらない。
結界は無事に機能して、魔物はスティアさんを襲わなかったらしい。
「……あぁ、僕は大丈夫だ」
スティアさんはゆっくりと小さな声でそう言った。
「そうですか……」
「君は?」
「……えぇ、まぁ……とりあえず、無事です……」
疲れただけだ。
かすり傷さえも負ってはいない。数には苦労したが、個々の魔物たちはおれにとってそれ程苦しい相手ではなかった。
力の差は歴然としていたのだ。なのに、魔物たちは怯むこともなく、何かにとり憑かれたかのようにおれに襲い掛かってきた。
「もうほとんどいないなんて嘘じゃないか……」
こんな群れがまだ他にもいるのだとしたら、警護屋が一緒にいたとしても、外なんか出歩けるわけがない。
「知らせに戻らないと……」
そう呟いて立ち上がったと同時、
「ほんとうに」
スティアさんの声が空気を切り裂くようにおれのもとへ届いた。
「本当に、何ともないのか?」
「え」
スティアさんは静かにおれに問いかけてくる。
一瞬聞こえた気がした鋭い声は何だったのかと思うくらいに、スティアさんの声は穏やかだ。
「あ、……いえ……その、ちょっと疲れましたけど……大丈夫です。怪我もないし……」
おれはスティアさんに心配をかけまいと、そう答えた。
正体不明の違和感にフタをして。
「……そうか。……なんだ、期待はずれだ」
だが、のんびり呟かれた言葉はもう、何かが決定的に違ってしまっていた。
「ス……ティア、さ」
「じゃあ今度は僕の相手を願おうか?」
「え」
ぞくり、と鳥肌が立った。
一歩、結界の外へ踏み出される足。その動きの緩やかさに視線が吸い寄せられ、おれはその場に立ち尽くす。
直後、空気の密度が増したかのような圧迫感が大気に満ちる。
「なっ」
ゆるりと天に向かって伸ばされるスティアさんの手。
その先に生み出される刺々しい光の粒たち。
無意識に後ずさったおれは、スティアさんの手が振り下ろされる瞬間に地を蹴った。
無数の光の粒が一瞬前までおれのいた空間を次々に切り裂いていく。
考えるより先に体が動いた。
多少の受傷を前提とした動きに切り替える。
無傷に拘れば大きなダメージに繋がっていただろう。
それは、魔物たちと戦っている時とは明らかに違う、拮抗した力による攻防戦だった。
「……っはぁ」
だが殺意という程のものは感じない。
命を奪おうというつもりまでは感じなかった。
こちらにもまだ余力がある。
「……う」
光の粒の攻撃にさらされた石畳には無数の黒い穴が開いていた。
その小ささでは、例え体を貫かれていたとしても、急所でない限り致命傷には至らないだろう。ただ、確実に動きは鈍り、その後嬲られる一方になるのは目に見えている。
幸い体を貫通したような攻撃はなかったが、わずかに光が掠めたおれの頬と手の甲には血が滲んでいた。
「なんで……あなたが……」
「どうしたんだ? 普通の人間みたいに一生懸命避けて」
「え」
「お前ならこんな圧縮した魔力の塊くらい、一瞬で分解できるだろう?」
「……何を、言って」
そう問いかけはしたが、たぶん答えはひとつしかない。
(前の、おれを、知ってる人……)
「やってみるといい。出来るから」
スティアさんは小さく笑みを浮かべて、虚空に手を差し伸べた。
その手のひらの上に、光の粒が集まってゆく。やがてそれらはひとつの球体へと姿を変え、さっきとは比べ物にならない程の大きな光の塊になった。
「避けるなよ。……そうだな、図書館の結界の中に、さっきみたいな魔物を放たれたくなければ」
「……っ!」
一瞬で色々なことを理解する。
都市の中に魔物を放ったのは自分だと、今スティアさんは言ったのだ。
(そんなことが人間にできるのか!?)
「さぁ、いくぞ」
「ッ!」
やり方を具体的にイメージする暇はなかった。
できなかったらという想像もしなかったように思う。
一直線に向かってきた光の塊におれは両手を突き出した。
光の塊はおれの指先に触れる直前に停止し、端から細かい粒となってあっという間に虚空に散っていく。
魔法なのか何なのか、自分でも分からなかった。
「何を呆然としてるんだ?」
スティアさんの声に反応し、おれは視線を相手に向ける。
「力の使い方は思い出してるのに、記憶は思い出さないままなのか? 都合のいいとこだけ解ける封印魔法もあったもんだ」
「…………」
おれは、固まったままその場に立ち尽くしていた。
「……大きくなったな。なんでお前だけズレて着いたんだ?」
「……う」
頭の奥で、何かがちらつく。考えたくないのに、その光景は断片的におれの脳裏に浮かび上がった。
「逃げたんだろう」
「……っ」
「本当はずっと逃げたかったんだろう。可哀想に。生け贄役は、辛いよな」
「…………」
「こんな兄さえ持たなければ、お前は自由に生きられたのにな」
「あ……に?」
何を言われたのか、理解するのに時間を要した。
「……そうだよ。……昔は、僕らは仲の良い兄弟だった」
「……」
「兄弟の話をしたって思い出す気配さえなかったな。あんまりイライラさせないでくれ。お前は似てるんじゃなくて、正真正銘僕の弟さ。殺し合う仲だけどな」
「ぁ」
小さな声が喉から漏れたが、何を言おうとしたのかが分からない。
「思い出したくない? 辛いから何もかも忘れたい? お前だけが救われるなんて僕は許さない。思い出させてやる」
一歩ずつ近付いてくる足音を聞きながら、おれは凍りついたように固まっていた。
逃げたい。逃げなければ。そう思うのに、どこかで逃げてはいけないと強くささやく声も聞こえる気がする。
踏みとどまり、立ち向かわなければ。
心臓の音がやけにハッキリ耳に張り付いてくる。呼吸が乱れ、肩が上下するのを止められない。
「……っ」
気がついたら、目の前に灰褐色の瞳があった。
「逃げるなら、時を渡る前にやればよかったのにな。後の世まで救えと言われたか?」
手のひらが、視界を覆う。
「……う、あ」
真っ暗になった頭の奥で、何かが決壊したのを、おれはハッキリと自覚した。




