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第39話 罪が先だったとは思わない

「スティアさんっ!」


 おれはスティアさんの手をとうとう振り払った。


「一体どこまで行くんですか!?」


 図書館の敷地を出て結界の外に出たのは少し前のことである。

 もちろん、おれもただ無言でついてきたわけではない。

 何度も戻ろうと提案はした。

 だけどスティアさんはそれを無視し、戻るべき場所を背に無言で歩き続けたのだ。

 そんなスティアさんを、おれは信頼しきれなくなった。


 事情を説明してもらい、納得できる理由がないと、危険は冒せない。

 それでなくとも、ここ数日、周囲に心配をかけすぎている自覚がおれにはあった。


「図書館の周りはちょっと安全になったらしいですけど、それだって、どこまでがそうか分かりません。このまま行ったら危ないです。何をしに行きたいんですか?」

「………………」


 スティアさんはおれの呼びかけに、やっと振り返ってくれた。


「……ス……ティア、さん?」


 いつのまにか違う人に手を引かれていたのかとおれは思った。

 それほどに、スティアさんのまとう雰囲気が変わっていたのだ。

 もちろん、髪の色や背格好はスティアさんのままである。

 だけど、何かが決定的に違っていた。


「……何を、しに行きたいんだろうな」


 ポツリと呟かれた言葉が胸に妙に静かに響く。

 本当に分からないのだとおれは思った。


「僕にも、母さんがいたんだ。……弟を生んだ後、死んでしまったんだけどね」

「……もしかして、独りなんですか?」

「独り……? あぁ、そうかもな。せっかく母さんが僕の為に家族を残してくれたのに。……もういないんだ」

「………………」


 涙を流しているわけではないのに、おれには、スティアさんが泣いているように見えた。


「なんだか何もかもが痛い気がするよ。世界中から虐められてる気分だ」

「そ、そんな風に考えたら駄目ですって……」

「罪のない罰は不公平だと思わないか?」

「え……」


 スティアさんの話には脈絡がない。


(罰って……、独り、なのが……?)


「確かにもう、罪だらけだよ……。だけど僕は、罪が先だったとは思わない」

「スティアさ……」


 呼びかけの言葉を、おれは途中で呑み込んだ。

 視界に、スティアさんの背後に、赤い目の生き物たちが現れたのに気が付いて。


「スティアさん! 下がって……!!」


 無我夢中でスティアさんの手を引っつかみ、自分の背中へと押しやる。

 気が付くと周囲をかなりの数の魔物たちが囲っていた。


(気配に気が付かなかった!? なんで!)


 しかも今回は、地を駆けるものから空を飛ぶもの、速さに特化したものからパワーが武器のものまで、様々なタイプの魔物が入り混じっている。


(同じタイプの群れなら戦い方はひとつで良かったのに……っ)


 種族が違う魔物を同時に相手するとなれば、戦い方も当然複雑になる。


(図書館の周りはほとんど退治したんじゃなかったのか……!?)


「スティアさんっ、絶対そこ動かないで下さい!」


 おれはスティアさんの周囲に小さな結界を張り、返事を待つ余裕すらなく、飛び出してきた魔物を迎え打つ為に地を蹴った。



   ***



「ルイ……どこに行ったんだろ」

「見かけたって人もいないって、変だろ」


 ノエルとリズとナタリア、そしてサラとイリヤ。

 五人で手分けして探しているにも関わらず、ルイの捜索は一向に進展がなかった。


「イリヤ、アスカを見失ったのは本当にこの辺りなの?」

「あぁ、間違いねぇよ」


 イリヤが示したのは、本館と西館との連絡通路付近であった。

 近辺の庭には小さな植え込みが多く、西館の連絡通路付近は、小さな部屋がいくつも並ぶ廊下になっている。

 植え込みの中に隠れたりどこかの部屋に入り込んで意識を失ったのだとしたら、姿が見えない訳にも納得がいく。

 ノエルたちはそう思って周囲を探し回ったが、ルイの手がかりは得られないまま時間だけが過ぎていた。


「ノエル!」


 一人、違う場所を探しに行っていたナタリアが手を振りながら駆け寄ってくる。


「もう炊き出し片付け始まってるけどっ、やっぱりルイは来てないって……、診療所も作業場の方も同じ、誰も見てないって」

「……そうか」


 ノエルとリズは肩を落とし、イリヤは空を仰ぐ。

 サラは胸元で右手を握り締めた。


「どこに行ってても、食事の時には絶対に戻ってきてたのよね?」

「あぁ。いつもは時間になる前にまず俺のとこに来てたんだ」

「だとすると、やっぱり本当に行方不明ってことね……」


 サラは眉間にしわを寄せ、本館の建物を振り返る。


「一度執務室に戻って、シオとジュリにも探してもらうようにしましょう。敷地内を全部探すしかないわ」

「いいのか? あそこに誰かいないと、魔物が出た時誰も連絡受け取れないぜ?」

「外に出た魔物なんかどうでもいいでしょう。あの子に何かあったら終わりなんだから」

「まあそうだな」


 二人の会話に眉をひそめたのはリズだ。 


「ねえ、終わりってなに?」

「…………」


 サラは黙り込んだ。


「ルイの昔のこと知ってる風なこと言ってたのに、今まで全然無視してたじゃない。ルイに何かあったら終わりって何? 今さらルイに何かさせようとしてるの?」

「…………」

「まさかまたルイに魔物退治させようっていうんじゃないよね? あなたも見たでしょ? ルイは病気なの。いつ倒れるか分からないんだから−−」

「病気じゃないわ」


 リズの言葉をサラは遮った。


「記憶を思い出しかけてる中途半端な状態だから倒れるの」

「な、なにそれ……」

「網を読んだの。あなたたちは読めないのね……」

「だから網って何なの!?」

「呪文構築の流れ。魔術作用の構造。存在力の循環。総称して網よ」

「そ、そんなの知らない……」

「そうね。仕方ないわ……。みんなそうなんでしょう」


 サラの口調には、できない者への嘲りなどは全く含まれていなかった。

 むしろ含まれていたのは、若干の悲しみである。


「……おい、あんた、網の話なんか俺たちは分からないんだ。ルイが倒れる原因知ってるなら、俺たちにも分かるように説明してくれ」


 横からノエルに話しかけられて、サラは、ついと視線を向ける。


「……原因は」


 サラはゆっくりと唇を開いた。


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