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第3話 親いないんだ

「やっぱ駄目だ……。おれ早退したい、頭いたいもん……」


 午前の授業が終わり、更に昼休みが終わって最初の授業。つまりは基礎魔法の授業の始業時間ぴったりに、おれは弱音を吐いた。

 担当教師はいまだ現れていない。


「リズのクッキーはいらないのか?」


 隣の席に座るノエルは同情するような視線を向けてくる。


「あー、欲しいけど……、頭痛い時くらいサボりたい……」

「え、何だ、ほんとに痛かったのか?」

「……休んだらサボりになるかなって程度だけど」


 おれは机につっぷして口を尖らせた。


「今日は補強呪文だよ……。物を壊れにくくするの」

「ああー」


 ノエルは顔をひきつらせる。

 補強呪文とはつまり、落としたりぶつけたりしてもそう簡単に壊れたりしないように物を補強する魔法のことである。呪文をかけてみて、かかっているかどうか確かめる方法はただひとつ。


 実際に乱暴に扱ってみるのだ。


 呪文に成功しなかった場合、実験に使う皿やらカップやらはことごとく使用不能になる。効率の悪さや合理性のなさを嫌う基礎魔法の担当教師は、おれが物を壊しまくるのを見て、相当キレるだろう。


「何かの呪いだ……。嫌がらせだ……。神様は酷い。どうしておれを人と違う風に生まれさせたんだ。魔法力ゼロって何の罰……?」


 おれは今わりと幸せな生活をしているし、心底そう思っているわけではないけれども、それでも神様へ多少の恨みを抱きつつ、頭を抱え込んだ。


「……ねぇねぇ、その話さぁ」


 そんなおれにノエルとは反対の右隣から話しかけてくる声があった。


「へ?」

「いつもへマやらかしてあのヒス婆さん怒らしてるけど、いつも言ってる魔法力ゼロってやっぱホントなの?」

「…………」


 おれは思わず無言で相手を見た。


 名前は確かナタリア。

 金茶色のストレートの長い髪をゆるくふたつにまとめた、きりっとした表情が印象的な活発系の女子。

 要領がよく、実技練習になるとアドバイス目当てのクラスメイトが男女関係なくいつも周りにいる。それくらい、基礎魔法をそつなくこなす人物。そんな風なことを覚えていた。


「えっと、うん……」


 急に話題に入ってきたナタリアに、おれはさっと笑顔を作った。

 何を隠そう、おれは割と、知らない相手が苦手なタイプだったりする。

 本当にどういうノリで話せばいいか分からない。

 おれは助けを求めてノエルを振り返ったが、ノエルは肩をすくめるばかりで、自分で対処してみろと保護者さながらの態度が返ってきた。


「うっそ、やっぱマジなんだ。そういうのもあるんだー。少ないとかじゃなくてゼロなんだ? じゃあアレあるんでしょ? なんか、生まれたときにやる適性検査みたいなの。その証明書出しなよぉ。そしたらあの婆さんだって納得すんでしょ? いい加減ウザイじゃん? キィキィ言わしとくのもさ」

「…………うん、そう……したいんだけど」


 ナタリアの話のスピードはおれには早過ぎた。


「ん? なに? けど? なんか問題ある系? アタシできることある?」


 どんどん矢継ぎ早に質問を返されて何から答えていいか分からない。


「いや、そうじゃないんだ……、ちょっと事情で……検査の証明が……なくてさ……」

「ええっ! ないの!? アレ出生証明とかってくらい大事ってうちの兄貴ゆってたよ!?」


 担当教師の現れていない教室はいまだ騒がしく、ナタリアが大声をだしたところで反応するものは誰もいない。


「うん……色々、複雑で……」

「えっ、検査しなおしてもらいなよ!」

「そ、そうだよね……。……で、でも……その、調べたら……なんか、生まれた時にやるのはさ、都市の……福祉? か何かで援助っぽく、保健? なんていうか全員タダっぽい感じなんだけど……」


「え、そうなの? お金かかんの?」

「なんかそれ以外でその検査すると……すっごい、高いみたいで……。ちょっと学生の身分じゃ、なーっていう……」

「えええ、親は? 出してくんないの?」


 おれは本当に困り果てて、ノエルを振り返る。

 ノエルは今度は仕方ないとばかりに肩をすくめた。

 会話を引き継いでくれるという合図である。


「こいつね、今うちで居候してんの。親いないんだ」


 ずばっと説明するノエル。

 おれは、そんなんで良かったのかと若干脱力した。

 その横でナタリアが慌てたように顔色を変える。


「えっ、あ。ごめん空気読んでなかった? まずい話?」

「別に……そうでも」


 答えたのはノエルだ。


「ただ、そんな感じで金の話、しにくいんだってさ。うち爺さんが一人いるだけだしね。んなことより、証明書がなきゃ嘘だって頭ごなしに問答無用なあの婆さんの方が問題じゃん? たかだか魔法力ないですってだけの話なのに、あの婆さんが納得しないってだけでンな高額払いたくねっつの」

「そーだよねぇー! もー、毎回毎回喚き文句聞かされる身になって欲しいっつーか! あ、別にルイへの文句じゃないからね! 魔法力ないんじゃしょうがないし!」


 ナタリアはさらさらとノエルに向かって話しかける。

 間に挟まれたおれは、いたたまれなさに肩を小さくするしかない。


 いくら自分は悪くないとは言われても、教師のヒステリックな説教は間違いなくおれのせいなのだから。



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