第38話 僕についておいで
「なんか面白い魔法見つかった?」
声をかけられておれは、呼んでいた本からはっと顔をあげた。
「ぁ……、まあ、色々……」
最初は重要書籍であるがゆえに頁を開くことさえためらっていたのに、いつの間にか開きっぱなしの本に囲まれている。
自分のあまりの集中っぷりにドン引きである。
「どんなの?」
「え、あ……っと……例えば……、凄いのだと……精霊を……人の体に宿らせたり、とか」
「あぁ……よりによってそんな魔法見つけたのか」
傍へ近付いてきたスティアさんは、どれどれとしゃがみ込んで本を覗きこんでくる。
「えっと、……よりによってって……なんかまずいですか?」
訊ねながら、おれは開いていた本の頁に再び視線を落とした。
見つけたはいいけれど、呪文の発音も良く分からないし、必要な物も聞いたことのないものが多い。まず実行は不可能そうだ。
「……いやほら、精霊って魔法の根源だろう? 呪文だって基本的に精霊にお願いする形式だし……。そんな精霊を人間の中に降ろすって、凄いことなんだよ。まぁ今じゃ皆、精霊の恩恵とかありがたみとか、当たり前になって薄れてしまってるけどさ」
「……精霊」
床にいくつも散らばっている本を見渡し、その真ん中でおれはポツリと呟いた。
「魔物たちとは、反対の属性にいる精神生命体……ですよね」
学校で知識として学んだことを、そのまま口にする。
「うん。存在力を循環させて生きているから、魔物たちと違って他の生き物の存在力奪ったりはしないし、存在力で実体化とかするのも好まないから、あんまり姿を見た人は少ないけど。そう言われてるね」
「………………」
「どうかした?」
「え? あれ? いえ、別に」
自分でもなぜ黙り込んだのかよく分からない。
「何でもないです」
「そ?」
「ていうか、詳しいですね」
「あぁ、うん。僕はいろいろ興味があってさ。何がどうなって今の世界があるのか」
「今の世界……?」
「知るべきだよ。過去があるから今があるんだ」
「……過去が、あるから……?」
「うん」
「…………」
スティアさんは静かに視線を向けてくる。
「理解し合える者たちだけで肩を寄せ合った世界は、嫌いなんだ」
「……え」
唐突に語りだしたスティアさんは、天井に浮かべた光を見上げた。
「世界が外にも広がってることを忘れて……。だから都市が崩れたとたんにこんなに弱くなる。自分たちだけじゃ魔物もろくに倒せないで」
「ス、ティア……さん?」
つい、と手が差し出される。
「…………」
どうしたのだろうと思いながらも、理由は尋ねず、おれはその手を握り返した。
「あの、スティアさん?」
「見に行こうか」
「え? あ」
立ち上がったスティアさんに引っ張られ、強制的に立たされる。
さらに手を引かれ、おれはスティアさんについて歩きだした。
「あ、あの、見に行くって、どこに何を……」
「僕についておいで」
軽い口調なはずなのに妙に威圧感を感じて、おれは二の句を継げなくなった。
スティアさんは後ろを振り返らず歩き、書庫を出て階段を上り、まっすぐな足取りで歩いていく。
(見に行くって、もしかして結界の外に出る気……?)
スティアさんの歩くスピードがずっと変わらないことに気付いて、おれはその可能性に思い至った。
(でも、結界の外も、図書館の周りならもう魔物はほとんどいないって……)
少しくらいなら外に出ても大丈夫かもしれない。
それに、いざとなったら多少の魔物はおれが倒せる。
(スティアさん、どうしたんだろう)
***
サラは、三人の少年少女を前に、眉をぴくっと動かした。
「なんですって?」
「だから、そこにいるあんたの仲間が、今朝ルイを追い掛け回してたって見たやつがいるんだよ。あぁ、あんたたちにとったらアスカだっけ……。とにかく、どこにいるか知らないか?」
「いないの?」
「……ってことは、あんたたちが連れてったとかじゃないんだな」
館長の執務室を訪ねたノエルたち三人と、三人の訪問に応対したサラとの出入り口での会話は、部屋の中にいる者の耳にもしっかり届いていた。
一番に反応したのはイリヤだ。
「俺は途中で見失ったけどな。なんだあいつ、まだ隠れてんのか?」
初対面のノエルたちに対する遠慮など欠片もない態度で、気軽な口調と共にイリヤは部屋の出入り口に姿を現した。
「……追い掛け回したのはあんたか?」
ノエルはイリヤを正面から睨んだ。
随分なことをしてくれたものだという感情は、切り捨てられそうもないし、そうする気もノエルにはない。
「ふーん? 喧嘩でも売りに来たのか?」
「そんな暇あるか。見失ったっていうなら、どの辺りでか教えてくれ」
「……お前、あいつの何なんだ?」
純粋な疑問として、イリヤはノエルに尋ねた。
単にルイとノエルの関係を不思議がるような口調である。
「ルイが俺と親しいのが、そんなに不思議なのか?」
「へぇ。親しいのか」
「家族だからな」
どんな反応をされようと撤回する気はなく、その意思を込めてノエルは宣言した。
「家族……?」
イリヤは不意を突かれたような表情で呟く。
「……家族って、……家族か? 親兄弟とかの?」
「残念ながらうちには俺とじいちゃんしかいないけどな。親代わりはそのじいちゃんだ」
「じゃあ、お前は兄弟か?」
「そういうことになる」
「はは……っ、兄弟……、何、お前、あいつより年上? 兄貴なわけ?」
ノエルはイリヤの表情の違和感に気が付いた。口元は笑おうとしているのに表情が暗い。
「……俺は十六だよ」
「あぁ……、じゃああいつ十三だったから……三年で十六だろ。年は同じか。でも背はお前が上かな?」
「イリヤっ」
サラが非難するような声音でイリヤを呼ぶ。
そこで初めてノエルは相手の名を知った。
「お前、あいつに、お前は家族だなんて言ってるのか?」
「は? 何だよ、その言っちゃいけないみたいな言い方」
「あいつに、俺はお前の兄貴代わりだみたいなこと、言ったのか」
「ルイがよく言うんだよ。俺が兄貴みたいだって」
ノエルの言葉に、イリヤを含めた部屋の中の四人が全員ぴくりと反応する。
「…………サラ、悪い。余計なこと聞いた」
「本当にね」
サラの声は、その場にいる誰もが言葉を呑み込むような響きを帯びていた。
「イリヤ、アスカを見失った場所まで案内して。あなたの刺激で封印に影響があったかもしれない。意識レベルの問題にまで達していたら面倒だわ」
「ね、ねぇ、あなた何か分かるの!? この前ルイのこと診るって言って何か探ってたわよね! ルイの病気のこと何か知ってるの!? 教えて!」
今までノエルの隣で沈黙していたリズが、サラの肩を掴んで情報開示を迫る。
サラは一度瞬きをした後、僅かに目を伏せて言った。
「……説明は、移動しながらよ。早くあの子を見つけなきゃ」




