第37話 ぶん殴ってやる
避難所となっている図書館では、普段食堂として利用されているフロアが仮設の診療所となっていた。
図書館に簡易医務室は設けられていたが、それでは対応しきれない程の怪我人や病人がいたからである。
ベッドは書架フロアに設置されていたソファである。
地震直後はそれでは病床が足りず、床に直接毛布が敷かれたりもしていたが、最近はソファにも空きが目立つようになっていた。
今も仮設の診療所で横になっているのは、もともと持病のある者か、環境の変化に体調を崩してしまった者がほとんどである。
(医療魔法は怪我には強いけど、病気に対しては併用する薬との相性次第なところがあるからな……)
ノアの助手として患者の薬の投与作業に携わっていたノエルは、今朝の分をようやく終え、辺りを見回しながら一息ついた。
今朝の分とはいっても、もう昼近くになっている。
しかしこれでも早く終わるようになった方なのだ。
最近は食事の時間もゆっくり取れる様になってきている。
「おーい! ノエル! 女の子が呼んでるぞ!」
ふいに食堂の入り口からあがった声に、ノエルは顔をあげた。
仲が良くなった患者たち数人から小さく冷やかすような声が上がる。
だいぶ元気じゃないかと内心思いつつ、ノエルは入り口を振り返った。
「しかも二人だー!」
さらに補足された入り口からの声に、冷やかしの声の興奮具合が増す。
「……馬鹿、あれは妹だよ」
将来の、と心の中で付け加え、ノエルは入り口へ向かう。
「リズ……どうかし――ナタリア?」
リズと一緒にいたのはナタリアだった。
意外な組み合わせに、ノエルは瞬きをする。
「元気そうね。学生なのに、立派に医者の卵じゃない」
「あぁ、うちは家が診療所だから、普段からたまに手伝うんだ」
「そうなの」
「ねぇノエル、ルイ来てない?」
ノエルとナタリアの簡単な挨拶を待って、リズが不安そうな声で本題を打ち明けた。
「え、来てないけど……いないのか?」
「うん……分かんないんだけど……、部屋にもいないし、最近よく行ってるって書庫にもいなかったの」
「どっかうろついてんじゃないのか? 暇だって言ってたし。何か急ぎの用事か?」
「そうじゃないんだけど」
「どうしたんだ? 炊き出しの時間になったら来るだろ。って、もうすぐか」
「そうなんだけど……」
「あたし見たのよ」
言いよどむリズに痺れを切らしたように、ナタリアが口を開いた。
「あのさ、魔物退治関係仕切ってる連中いるじゃない? その中にちょっと赤っぽい髪の男がいるの、分かる? ほら、似たような髪の色の女と一緒に、吸収装置の調査団の護衛についってった奴」
「あぁ、いたな、そういえば」
遠くから見ただけだったが、ルイの昔の知り合いの一人なのだろうと意識した為、ノエルの記憶に残っていた。
「そいつがね、今朝ルイのこと追いかけまわしてたの」
「え」
思いも寄らぬ言葉にノエルは一瞬思考を停止させる。
「マジな感じで逃げてたわよ? 別に興味もなかったんだけど……、なんか変な雰囲気だったし、手も空いたから、あんたたちに一応知らせとこうかって思って」
「作業場に来てくれたの。ねぇ、ルイ、また具合悪くなってたらどうしよう」
「……まずいな」
ノエルは食堂の壁にかけてある時計にちらっと目をやった。
「あー、ごめん。もっと早く知らせれば良かった感じ?」
「いや、知らせてくれただけでもありがたいよ」
「何かやばいの?」
「分からないけど……あいつ病気でいつ倒れるか分からないって話してただろ? 命には関わらないみたいな話も出てるけど……こないだも、昔の知り合いが現れて、混乱した時にぶっ倒れたんだ」
「え、そうなの? ってか、知り合い見つかったんだ」
「あぁ、その追いかけてたって男もたぶん昔の知り合い関係らしくて……っと、じいちゃん!」
ノエルは奥のベッドで診察をしている祖父の姿を見つけ、大音量にならないよう鋭く声を発して呼びかけた。
祖父が振り返ったのを見て、ノエルは手を挙げて合図を送る。
「俺、ちょっと出てくる!」
それだけの言葉だったが、行って来いという祖父の手の仕草を確認し、ノエルは腕を下ろした。
「探しに行こう」
「ルイが追いかけられてたっていう場所の辺りはもう探したの」
「そうなのか」
「どこかに逃げ込んで倒れてたりしたら分からないけど……」
「その前に、追いかけてたってやつが連れてったりしたんじゃないの?」
「…………だとしたら、ぶん殴ってやる」
「お、落ち着いてノエル……」
リズに諭されてノエルは深呼吸をした。
「じゃあまずは、その追い掛け回したって奴のとこに行こう」




