第36話 憎たらしい子だな
「別の書庫を見つけたんだ。重要書籍保管庫だって。面白そうだろう」
人気のない通路を奥へ進み、地下への階段を下りたスティアさんは、重そうな扉の前まで来ると、妙に明るい声音でそう言った。
部屋のプレートには確かに、重要書籍保管庫と書かれている。
「か、勝手に入っていいんですか……」
「今さらだろう」
スティアさんは何の躊躇もない気軽さで、目の前の扉に手をかけた。
重要書籍が保管されているという部屋なのに、扉はあっさりと開く。
地震で鍵が壊れていたのだろうか。
ギィと音を立てて扉は開く。その向こうから、紙とインクの匂いを含んだ空気がゆっくりと広がってきた。
「……わあ」
中には光源が全くないらしく奥の様子はほとんど分からない。
だが、入り口付近に本が散乱しているのは充分に見えた。
先日の地震で本棚から落ちたまま、放置されていたのだろう。
本棚自体は作り付けらしく、閉架式書籍の倉庫のように倒れている様子は見受けられなかった。
「滅多に見れない本ばかりだよ」
「え、本当に入るんですか?」
「別に構わないさ。怒られたって死ぬわけじゃないんだし。見つかったら謝ればいいさ」
「えー……」
やたらとアバウトな対応策に、おれは顔を引きつらせるしかない。
スティアさんは若干引いているおれに構うことなく部屋へと入っていく。
おれは仕方なしに後を追って部屋に足を踏み入れた。
中が暗くて見えないので灯りのスイッチを探そうと扉近くの壁を探していたら、唐突に背後が明るくなった。
「……あ、スティアさん魔法得意だったんですか」
見ればスティアさんが光源を生み出す魔法を使い、光の塊を天井近くに放り投げているところだった。
スティアさんは小さな笑みを浮かべておれを振り返ってくる。
「……簡単な灯りの魔法じゃないか。苦手なのか?」
「え、いや、どうでしょう」
おれは曖昧に笑って誤魔化した。
魔物を倒すための魔法に関してなら、得意と答えて良くなったのは間違いない。
だけどスティアさんは魔法全般のことを聞いているのであって、はいと答えたらさすがに語弊がある気がする。
「変な子だな」
くすくす笑ってスティアさんは部屋の奥へずんずん歩いていく。
おれはその後を、本を踏まないようにわたわたと追った。
「この前神話の話をしただろう? あれはおとぎ話に近い本だったんだけど、この辺にあるのは史実をまとめたやつとか、歴史上価値のあるものがほとんどなんだ」
「あ、既に調査済みですか」
「まあね」
スティアさんは静かな笑みを浮かべて立ち止まった。
あれ? とおれは思った。
ここ数日一緒に過ごしてきたスティアさんの印象からすると、もっと得意げな顔をすると思ったのだ。
「何か……変な本でも見つけました?」
「ん? なんで?」
「え、そうなのかなって」
「君はほんとに憎たらしい子だな」
「えぇー」
話の脈絡がつかめない。
「いやいやゴメン。ちょっとした八つ当たりさ」
スティアさんはいつもの調子に戻って、棚の中に横倒しになっていた本を手に取った。
「これ。ここ数百年くらいの間の、人と魔法の関係の変遷について」
「小難しそうなの読むんですね」
「じゃあ君の為に要約してあげよう」
「はぁ」
おれは大人しく頷いた。
スティアさんはおれに話したいんだろう。
「君は、こういう魔法都市ができたのっていつくらいだと思う?」
「えー、……ここ百年とか二百年とかでしたっけ」
記憶を失くしたせいでノエルに補足してもらった知識はたくさんある。その中に、ちゃんとその情報は入っていた。
「そう。数百年前はなかったんだ。魔法力を皆からちょっとずつ回収して魔法エネルギーとして供給するなんてこともなかった。皆、自分のことは直接自分の魔法力で何とかしてたんだよ。魔物退治にしてもそう」
「……サバイバルな世界だったんですね」
「まぁ、今と同じでそれ専門の職業はちゃんとあったけどね。それに魔物だって、人間に退治されるリスクを冒してまで村や街まで出向いて人間を襲ったりしなかったさ」
「へえ」
なら今回都市の中にまで入ってきた魔物たちは何だったのだろう。
そう思ったが、地震の影響で魔物たちも混乱したのではないかと誰かが言っていた気がするのを思い出した。
スティアさんは本のページをぱらぱらと捲って文字を追う。
「でもまぁ、人間というのは便利さを追求する種族だからね。そのうち人の魔法力を溜めておける技術が発明されて、溜めた魔法力をエネルギーにして動く道具も開発された。それでその技術をもっと効果的に使う為にどんどん集まって暮らすようになって、あちこちにこういう都市が出来始めたんだ」
「発明した人はホント凄いですよね」
「あぁ、そうだね」
スティアさんはパタンと本を閉じる。
「それで、人は意識をしないで魔法力を少しずつ使う生活をするようになった。毎日毎日一定量が吸収装置で吸い取られて、夜寝てまた回復する。灯りくらいの魔法を使うことはあっても、極端に使いすぎることも使いすぎないことも、普段の生活ではなくなったわけ。するとどういうことが起こるか分かる?」
「え……、っと、何かまずいんですか?」
「まぁ、都市で生活する分には何もまずくないけどね。ようするに体が、毎日使う分の魔力しか必要じゃないんだって判断しちゃって、世代を経るごとに魔力が少なくなっちゃったんだよ」
スティアは本を棚に戻し、別の段から新しい本を手に取った。
「大昔には今よりもっと魔法の研究がされてて、複雑な魔方陣とか呪文とか、いっぱいあったんだ。魔術具なんかじゃ再現できない高度な現象を起こす魔法もたくさんあった。そういう魔術の詳細について書き残されてる本もここにはあるんだよ」
「え、なんか自由に入れるようになってるって、やっぱり良くないんじゃ」
「大丈夫だよ。言っただろう? 今の人は魔力が少なくなってるから、そういう魔法は使いこなせなくなってる」
スティアさんはその場に無造作に腰を下ろし、手招いておれも座るよう促してくる。
「ほら、これなんか凄いよ。遠く離れた場所同士を一瞬で行き来できるようにする魔法」
「そんなことできるんですか?」
「そうだな……。ここに書いてあるアイテムを全部用意して、魔方陣も正確に書いて完璧な発音で呪文が唱えられたらできるんじゃない?」
「できないってことですね」
「あはは」
スティアさんは楽しそうに笑った。
「じゃあ、できそうなやつを探してみようか」




