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第32話 私よ

「へえー、それじゃ、いつもその人が手伝ってくれるの?」

「うん。あそこにしょっちゅう出入りしてるみたいで。行ったらいたり、本を探してたら来たり」


 あれから数日。

 おれは閉架式書庫で役に立ちそうな本を探し、夕方になったら術具製作の作業場を訪れて、その日見つけた本を渡すという生活をしていた。


「へえ、あたしもその書庫は何回か行ったけど、会ったことないなぁ」


 今は息抜きをするというリズと共に、作業場近くの廊下で近況報告の最中である。

 おれはここ数日交流をしている相手のことを話していた。


「あ、じゃあ今度紹介するよ。なんか不思議な人だけど、面白いよ」

「ルイに不思議って言われる人かぁ」

「ちょ、どういう意味だよ?」

「ふふ、それは凄く不思議なんだろうなぁと思って」


 くすくす笑いながら答えるリズ。

 全然聞き捨てならない回答である。


「笑って誤魔化そうとしてるだろ」

「あれ、ばれちゃった?」

「え、ちょっとは否定するかと思ったのに!」

「あはは、冗談だよ」

「リズが思ってるような不思議じゃないからな!?」

「分かってるって、きっといい人なんでしょ? ふふふ」

「分かってない気がするなぁ」


 まったくもう、と続けた言葉の合間に、おれは何気なく視線を窓の外に向ける。

 綺麗な夕焼け色の空が見えた。


「…………」


 同時に、見覚えのある女の子が一人。

 目があったような気がした。


「どうしたの、ルイ?」

「ん、なんでもー」


 おれが誤魔化したのと同時に、金色の尻尾が揺れて女の子はさっとその場から離れていく。


 ここへ来てすぐ、知らない名前で自分に話しかけてきた女の子だ。

 おれの昔の記憶がないことはノエルによって伝えられたはずけれど、今のところ向こうからの接触はない。

 それをいいことに、おれはあの夜のことを無かったことにしてしまった。

 本当なら、知り合いだったかもしれないのに、記憶がないからといって思いっきり拒絶してしまったことを謝るべきなんだろう。

 だけどおれには、どうしてもその勇気が出なかった。


(面と向かうのが怖いんだ……)


「外に何かあった?」

「え、いや」

「あ、もうすぐ炊き出し始まるみたいだね」

「あ、あぁ、うん」


 見れば仮設テントのあたりから白い湯気が上がっている。

 そう気付いたと同時に、建物の中の明かりが点いた。

 地震で不具合が生じていた、図書館設備全体の魔法エネルギー供給システムが復旧して、昨日から建物に明かりが点くようになっているのだ。


 都市の中にある住民の魔法力集積装置(プラント)は正常に作動しているものも多く、魔法エネルギーの回収量に今のところ問題はない。供給システムさえ復旧すれば、近くの供給ラインが全滅していない限り、明かりが点く建物は多いということがここ数日で分かってきている。明かりが点けば夜の炊き出しの時間は近い。


「皆に伝えてくるね。そろそろキリのいいとこでって」

「分かった、じゃあノエルのとこ寄って、ご飯に引っ張ってくるよ」

「うん、じゃあまた後でね」


 リズの声かけに笑顔で頷いて、おれは罪悪から逃れるように駆け出した。



   ***



「サラ、辛いのか?」

「やめて」


 建物の入り口から死角になる正面玄関の脇でシオにそう話しかけられたサラは、質問の主に冷たい視線を送った。


「……その質問、本当に(たち)が悪いわ」

「そうだな。悪かった」

 

 あっさりと謝られて、サラはきつく目を閉じ、壁に手をつく。


「サラ」

「やらないとは言ってない……。……今はまだ、アスカがいなくても問題はないから」

「……いや、俺は急かしているわけじゃないんだ」

「じゃあどういうつもりなの」

「いや……」


 シオは唇をぐっと噛んだ。


 もうすぐ始まる炊き出しの為に、人が外へ徐々に集まりだしている。


「……変だと思わないか? あいつが仕掛けてこないなんて」

「この状況が、仕掛けられてないとでも言うつもりなの?」

「そういう意味じゃないが」

「言いたいことは分かるわ。アスカを何も知らないままにしておくのは危険だって言いたいんでしょ。あいつがいつ本格的に動くか分からないから」

「いや……本格的に動くつもりがあるなら、とっくに動いてるんじゃないかと、思ってな」

「冗談でしょ? まさかこのまま飽きてくれる可能性を考えてるの?」


 シオの言葉はサラの表情を険しくさせた。


「いや……ないか。そうだよな」

「しっかりしてよ」

「すまない」


 シオの謝罪をサラは無言で受け止め、二人は沈黙する。


「……もう少しだけ」

「あぁ」

「魔物よけの吸収装置(プラント)の復旧が終わるまで」

「……あぁ」

「そうしたら、魔法を解くわ」

「俺がやろう」

「私よ」


 サラの声には強い意思が含まれていた。

 有無を言わせぬ物言いに、シオは否を返せない。


「私の役目よ……」


 呟きながらサラは東の空を見上げる。

 ついこないだ満月を向かえたばかりの白い月が、地平から僅かに顔を覗かせていた。




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