第30話 大して違いはないのかな?
食事のあと、おれはさっそく本が仕舞い込まれているという場所までやってきていた。
「……すごいなこれ」
開けっ放しのドアの上の方に、閉架式書籍書庫と書かれてあるのが目に映る。
それは人気が全くない、建物の奥まったところにあった。
「……確かに書庫だ。本だらけだ」
地震で床に落ちた本を避難者の生活スペース確保のために移動させた、と聞いて、これを想像するやつはたぶんいないんじゃないだろうか。
おれが想像していたのは、本が床に直接何十冊かずつ積み重ねられている光景である。
だけどそれは考えが甘かったらしい。
目の前にあるのは、本の丘、いや山だった。
「掘り出す感じだよね……?」
足の踏み場などない。
というか、足を踏み入れるどころの話ですらない。
本を踏みつければ奥に進めるのなら、足の踏み場がないという表現で良かったかもしれないが、現状、登らなければ奥に行けそうにもないのだ。
「マジかぁ……」
既に入り口付近の本は漁られている形跡があった為、使える本を新たに発見するとなると奥へ行かなければ駄目そうである。
となると、本当に本を踏みつけにするわけにもいかないので、本をどかして進まなくてはいけないことになる。
「いやまぁ、これはおれの役立ちどころだよ」
おれは本の山に向けて意識を集中させた。
警舎の中で魔物退治に飛び出したとき、リズをその場に押し留めるのに使った魔力のコントロール方法だ。
「……物を浮かせる魔法だっけ」
いつぞやの授業では小石一つ分を浮かせられなくて、先生にキレられまくった記憶がある。
こんな簡単に使えるようになるなんて、あの落ちこぼれ扱いされていた日々は何だったんだろうか。
「でも、呪文唱えてないんだよなー」
今度はちゃんと呪文唱えなさいと怒られるかもしれない。
「いや、でもあれか」
魔法が使えなかった分、筆記だけでも頑張ろうと一通り呪文は暗記している。
なら、呪文を呟いて呪文を使ったように見せるのは簡単なんじゃないだろうか。
「解決じゃん……」
あとは都市の復旧が終わって日常さえ戻れば、おれの基礎魔法の成績は爆上がり待ったなしだ。
「……破魔の、……術具……。術機関連の本とかになると……設備ないし、あっても意味ないのかな……」
魔法で本をどかし、脇に積み上げる作業を繰り返すこと数分。
「あれ……中は割と、普通……?」
本の嵩は入り口付近をピークに、中に進めば進むほど量が減っていく。
やがて適当に積まれた本の下から、ちゃんと縦に積まれた本が姿を現わすようになった。
最初はどうやら、本はちゃんと積まれていたらしい。
恐らく適当に本を積み上げていくうちにスペースが足りなくなって、入り口付近だけ鬼のように積み上げる結果になったのだろう。
「うわぁ……本棚……」
地震のせいか、閉架式書庫の本棚はあちこちで折り重なるように倒れていた。
これでは本を縦に積み上げられるスペースも少ないはずである。
「あれ? 窓開いてる……?」
おれはふと頬を撫ぜた風に気付き、書庫の光源になっている窓へ視線を向けた。
「なんだ、開いてるなら窓から入った方が早かったんじゃ……」
そして独り言を途中で呑み込む。
地震で落ちたのか、中身のほとんどない、窓際にある作り付けの本棚の上。
そこに腰掛けて古びた本の頁を捲っている先客を発見したからだ。
「……す、すみません。人がいるって、知らなくて」
「………………」
先客は、横顔にかかった青銀色の長い髪を耳にかけ、ゆっくりとこちらを振り返った。
「やあ」
「…………」
のんびりとした声をかけられる。
おれはぺこりと頭をさげた。
「じゃ、邪魔しちゃってすみません」
「構わないよ」
穏やかな口調だった。
後ろで縛った髪は背中まであるようだったが、女性というわけではなく、声はある程度低い。
若い男の人だった。
「暇を潰していただけだから」
男の人はおれに向かってほほ笑んだ。
「……何を、読んでるんですか?」
「あぁ、これかい?」
手元の本に視線を落とし、男の人はぽつりと呟く。
「大昔の神話を見つけてね」
「大昔の……神話?」
「あぁ。おとぎ話なのかな……神々の世界のお話が載っていてね。……酷いなと思って」
「……酷い?」
ゆったりした声と、『酷い』という言葉がなぜだかあまり結びつかない。
「あぁ、酷い話なんだ。……滅びることが定め付けられてる神様達の話だ」
「…………」
「大きな戦いが起きるらしい。で、神様達はそれに負ける運命だそうだ」
「……負ける運命?」
「絶対死ぬって分かってて生きてるなんて、どんな気持ちなんだろうか。いや、人はみんな死ぬものだから、大して違いはないのかな?」
「さ、さぁ……」
尋ねるような口調の言葉に、おれは曖昧な返事をする。
「でも、いつかは死ぬっていうのと、これから起こる戦争で必ず死ぬっていうのは、だいぶ違う気がするんだ。君なら分かる?」
「え、……や、あんまり」
初対面の相手からされるにしては、だいぶ難しい質問である。
おれはどう答えていいのか分からずに、適当に回答を濁した。
「……そうか、分からないか。……やっぱり、そうか」
誰か身近な人でも亡くしたのだろうかと、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。
不用意な発言に気をつけた方がいいかもしれない。
「変なことを聞いたね」
男の人はぱたんと本を閉じた。




