第29話 頼みごとしてあげる
「悪い、俺ちょっと急ぐから、先行くな」
おれのお椀にはまだ半分ほどスープが残っているのに、ノエルは慌ただしそうにそう言って立ち上がった。
スープは炊き出しで出された昼ごはんである。
場所は、避難してきた人々の寝床を建物内に確保する為、中から運び出された長机と椅子が外に並べられている食事スペースだ。
怪我人や病人でない限り、食事はこの周辺で取るというのが決まりになっていた。
「え、うそ早くない?」
リズのお椀には半分以上残っている。
「あぁ。俺が戻んないと、今度じいちゃんがメシ食えないから」
「そっか、ノアさんご飯まだなんだ」
「早くしないと炊き出し片付け始まるし。じゃな、また夜!」
そう言い残し、ノエルはひらっと手を振って周囲で食事をしている人たちの向こうへ消えていった。
都立図書館へたどり着いてから二日経つが、ノエルは一度もゆっくり食事をしていない。
「医療魔法師の数が足りてないんだわ……」
リズは心配そうにノエルの背を見送り、ため息をついて俯いた。
「早く吸収装置を復旧させなきゃ、魔物の被害は広がる一方よ」
都市の外壁にある魔物よけの吸収装置の現状確認に調査団が向かったのは、昨日のことである。
早ければ今日の夜には戻ってくる予定になっているらしい。
それを元に復旧計画を立てるそうだから、復旧作業が完了するにはもう少し日数を要するだろう。
「……ちゃんと、帰ってくるよね」
エリックさんがその調査団に参加して図書館を後にしてから、リズは表情を曇らせることが多くなった。
おれはリズの言葉にうんと頷く。
「帰ってくるよ、ちゃんと」
見上げれば薄い雲が張り付いた空が広がっている。
何の変哲もないただの空だ。だがそこには一枚、魔物を拒絶するヴェールがかかっている。
「……こんな大きな敷地に結界張れるくらいな人たちだもん。記憶ないおれなんかより、よっぽどしっかり魔物から護ってくれるはずだよ」
護衛として調査団についていったのは、赤みがかった髪の男女二人だった。
おれは彼らを遠目に見ていただけだったが、その二人が金髪の女の子の仲間なのだと告げられて、自分でもよく分からない複雑な心境になったのを覚えている。
「……おれ、魔物倒すしかできることないのに、ここでぼうっとしてていいのかな」
「やだルイ、何言ってるの?」
リズは顔をあげてグッと眉根を寄せておれを見てくる。
「だって……おれ、魔法の使い方思い出したと思ったのに、治療系の魔法は全然思い出せてないから……。ノエルと違って医療系の勉強もしてないから、じいちゃんの手伝いもできないし」
「それはあたしも一緒じゃない」
「でも、リズは術具作りの手伝いしてるじゃん」
「それはあたしが術具科で……、たまたま家も術具とか扱うお店だったから……。それに、たいしたことはしてないわ。壊れた術具の修理くらい。術機のレベルになるとまだ全然分からないから吸収装置の修理作業には全然関われないし。プロの人の手伝いしてるだけ」
「でもおれ、その手伝いもできないし」
「そんなのっ、ここにいる人のほとんどがそうだよ! それにルイはあたしたちをここに連れてきてくれたわ。それだけでもう充分すぎるよ。ちょっと休んでてって思うくらい」
「もう、二日も休んでる」
「もっと休んでていいの! ルイはそれくらいすごく働いたんだから」
「う、うん……」
何をどう言ってもリズに論破されてしまう。
おれはやっぱり、何もやることがないままらしい。
「そんなに頑張らなくていいの。ここにはいっぱい人がいるんだから、皆で少しずつやればいいのよ。ルイは最初にすごく頑張ったから、しばらく休憩する番」
「…………」
「わかった?」
リズは首を傾けながらおれに返事を促してくる。
そんな仕草をされては、おれは頷くしかない。
するとリズは仕方がないなぁと笑顔を見せた。
「もー、そんなに暇を持て余してるなら頼みごとしてあげる」
「え?」
「本を探してきて。破魔の術具について書いてある本とか、そういうのが手元にあると、結構助かるの」
「本……」
「大変よ? 建物の中が避難所になっちゃったものだから、地震で床に落ちちゃった本とか、適当に倉庫に入れてあるんだって。種類分けとかもうバラバラ。探せばいくつか出てくるんだけど、もっと具体的で実用的なのがあると、都警隊の人の武器に破魔の効果を取り入れられそうなんだって」
「わ、分かった!」
思わず大きめの声が出る。
ようやく役に立てそうなことが見つかって、力んでしまったらしい。
リズはおれの気負いっぷりに少し焦ったように手を振った。
「そ、そんなに頑張らなくていいからね! あればいいなぁってくらいなんだから。見つからなくても別にいいの、無理しすぎないでね! また倒れたら困るしっ」
「た、倒れる倒れるって……、もう大丈夫だよ。あれから何ともないし……」
地震の前後に何度か倒れはしたけれど、ここへ来てすぐを最後に今は全然元気である。命に関わらないとかいう話は本当なのかもしれない。
いやまぁ、本当であってくれないと、めちゃくちゃ怖いというのはあるけれど。
「でも原因ハッキリしてないんだから……、用心はしてね?」
「大丈夫。たぶん変に魔法の使い方とか思い出したから頭がちょっと混乱しただけとかじゃないかな」
「うーん……そうなのかなぁ……」
心配そうに眉を寄せながら、リズは食事を済ませようとスプーンを手に握りなおした。




