第28話 大人より大人みたいな
都立図書館の最上階に位置する館長の執務室に、三人の男女が無言で佇んでいた。
明かり替わりに、執務室の暖炉には小さく火が起こされている。
暖を取るためではない小さな火なので、部屋の中は薄暗かった。
本来部屋の主であるはずの館長は、地震の発生時に外へ出ていたらしく行方が分からないままである。
そのため、執務室は現在、魔物の掃討作戦の拠点として使われていた。
火のはぜる音がいやに大きく響く。
部屋には暖炉の他に、大きな事務机と黒い革張りの椅子、そして応接用のソファがあったが、誰も腰掛けようとはしていなかった。
そこへふいに、扉の開く音が投げ込まれる。
現れたのは、金の髪を後ろで一つに結い上げた少女、サラである。
「……どこへ行っていたの?」
ぶどう酒のような髪色の女が静かに尋ねる。
サラは答えず三人の視線を避けるかのように、誰も座っていないソファに腰を下ろした。
「……柔らかい椅子ね」
感情のこもらない感想をサラは呟いた。
「サラ、一体どういうつもりなんだよ」
女の隣で腕を組み、壁にもたれ掛かっていた青年が低く声を発する。
それを受けて、サラはわずかに俯いた。
「無事に目を覚ましたみたい」
その言葉で、サラが訪れていた先を全員が確信する。
「じゃあなんでここに引っ張ってこない?」
「イリヤ」
隣からたしなめる様な声をかけられ、赤茶けた髪の青年、イリヤはため息をついた。
「覚えてないのよ、私たちのこと」
淡々とサラは答えを返し、イリヤは眉間にしわを寄せる。
「それは聞いた。でもだからって、じゃあ仕方ないからさようならってわけにはいかないだろ? 思い出してもらわないと、話にならない」
「分かってるわよ……」
絞り出すような声で答えながらサラは額に手を添える。
「でも、何も今すぐでなくてもいいでしょう?」
「いいでしょうって……、何を悠長なこと言ってるんだ? 思い出さなかったらどうする気だよ」
「…………」
サラはイリヤの問いに答えない。
無言のサラに、イリヤはさらに言い募る。
「すぐに思い出せるかも分からないんだ。記憶戻しの治癒魔法だって必ず効くとは限らない。治療を始めるのは早い方がいいに決まってるだろ」
だがそれでもサラは、苦しそうに表情を歪めたまま、答えようとはしなかった。
相手の反応が見込めないと悟ったイリヤは隣を振り返る。
「なぁ、ジュリもそう思うだろ?」
「……うん」
イリヤの傍らで、ジュリは小さく頷いた。
「シオは? どう思うよ?」
暖炉の側に佇む男は名前を呼ばれたのにも関わらず、微動だにしない。僅かな後に目を閉じただけだった。
「……っちょ、なんでそんな弱腰なんだよ。今さら覚悟が緩んだっていうのか? それなら今まで死んでった皆は? ここで止めたら、皆の犠牲が無駄死にになるんだぞ?」
「…………」
「何の為にここまで来たんだよ……! 今さらすぎるだろ!」
「やめはしないわ」
俯いたまま、サラがハッキリと言葉を返した。
「やめないわ、絶対。あいつは仇……、たくさんの人の仇よ。それ以前に、あいつがアスカのことを放っておくとも思えない。……それに、アスカは思い出しかけてる」
「思い出しかけてる?」
「でも、それを拒んでる」
「………………」
サラの言葉にイリヤは唇を噛みしめて沈黙した。
「私、アスカがあんな風に声をあげて笑うの初めて聞いた……」
どこか遠くを見つめるような表情で、サラはそうぽつりと呟く。
様子を伺いにいった部屋から聞こえてきた、少年少女たちの明るい声が、脳裏から離れないのだ。
「……笑うって……アスカがか?」
「そうよ」
「あの、大人より大人みたいな顔してたクソガキが?」
「…………」
「マジかよ」
はっ、と息を吐きながら答えたイリヤを、サラは一瞥する。
「あなただって故郷を失くしてなければ、そんなに性格歪まなかったんじゃないの」
「きっついなサラ」
やり取りしている言葉はかなり険悪だったが、二人の声音は軽口の類であった。
「サラも人のこと言えねぇだろ」
「私は元々孤児よ。何も失くしてなんかないわ」
「そういう認識ならそれで別にいいけどよ」
「なに」
「おれはサラが声上げて笑ってんのも聞いたことないぜ」
「…………」
サラは答えずに目を閉じた。
無視された形になったイリヤだったが、発言を反省するような素振りはなく、全く悪びれていない様子である。
「……私たちに傷付いてる時間はないわ」
薄く目を開いたサラがそう呟いた。
「その資格も」
「サラ」
ふいに、今まで言葉を発しなかった者の声が投げ入れられた。先程シオと呼ばれ、沈黙を返した男である。
「ん?」
「サラ、あいつの網を読んだんだろう? 何を見たんだ?」
ぴくりとサラは身を震わせた。
「…………」
何か言おうと唇を薄く開くが、言葉は上手く出てこない。
「サラ?」
ジュリの小さな呼びかけにサラは瞳を閉じる。
「……記憶戻しの、魔法は……必要ないわ」
三人が三様の反応を返した。
眉間にしわを寄せたイリヤの隣でジュリは瞬きをし、シオは床に落としていた視線をサラへ向ける。
「……あれは、封印魔法よ。だからそれを解くだけでいいの」
今度は全員が、同じように身を強張らせた。
「……アスカは、自分で記憶を忘れる魔法をかけたの」




