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第25話 お前なんか知らない

 図書館への移動が決まってから、移動の準備が整うのに一時間もかからなかった。

 移動を反対する人も出なかったらしい。

 渋る人はいたかもしれないが、それでも戦力になる人間が一人もいなくなる場所に残るほどの強い意思のある人はいなかったのだろう。


「普通に歩いたら三時間ちょっとなのに、倍かかったな……」


 目指す都立図書館の建物が見えたところで、ノエルがそう呟いた。

 

 出発する時には五十人ほどだった一行は、途中の建物でたてこもっていた人々も避難に加わり、百人近くになっている。

 その中には子供もいればお年寄りもいて、時間がかかったのは無理もないと思う。

 途中魔物との戦闘も二回あり、うち一回は結構な数の魔物だったが、おれは倒れることなくそれらを片付けることができた。


「ルイ、具合は大丈夫? 頭痛は?」


 リズは定期的におれにそう尋ねてくる。


「大丈夫。なんともないよ」

「だったらいいんだけど」

「痛くなったら言うって」

「絶対だぞ」


 どうにもおれは、体調管理に関しては二人に信用されていない気がする。

 おれ、昨日は朝からノエルにもリズにも頭痛いって愚痴っていた気がするんだけどな。


「まぁとりあえず、今この近くに魔物の気配はないし、図書館に着くまでにはもう出くわすことなさそうだ」

「本当? 良かった……」

「あ、だからノエル、おれも荷物持つよ」

「お前は持たなくていいっ。むしろ背負ってやろうかと思うくらいだ」

「そ、そんな別に病人じゃないし……」


 結構量の多い荷物を抱えたノエルに対し、おれは手ぶらである。

 それは魔物への対応がすぐできるようにという理由からだったのだが、もう魔物の危険がないというのに、ノエルは荷物を手放す気はないらしい。


「ルイ、お前さ」

「ん?」

「俺たちの所にいろよ」

「え?」


 脈絡のないノエルの言葉に、おれは瞬きをした。

 リズは黙っている。


「俺たちの傍にいろよ。お前はうちの子だっていつもじいちゃんも言ってるだろ」

「…………あ、うん」

「人に名前を聞かれたら、フルネームで答えろ。ファミリーネーム、堂々と名乗っていいんだからな」

「……あー、でも事情説明しないと、本物の兄弟だと思われるよ……?」

「お前俺のこと兄貴みたいだって言ったくせに、今さら怖気づくなっつーの」

「え、おれ、怖気づいてるの?」


 思ってもみない指摘にゆるい笑いがこみあげる。


「そうだろ」

「どういう理屈だよ」

「ねぇ、あたしもノエルの妹になりたい!」

「えっ」


 突然のリズの宣言に驚いたのは、話を始めた張本人のノエルだ。


「あたしも名乗る、ノエルのとこのファミリーネーム。今だけでいいから! リズ=ウィルマリア。似合うよね? ノエルの妹になったら、あたしたち三人兄妹みたいでいいよね!」

「………………」


「なにっ? なんで無言なの!?」

「……リズが俺の妹になるのは、俺の弟と結婚した時の方がいいんじゃないか」

「えっ」


 リズは一瞬目をぱちくりさせ、首をかしげた。


「……ルイと結婚したらノエルが義理のお兄ちゃんになるってこと?」

「えっ、そういう話?」


 いまいち自分と関係ない話のやりとりだと思っていたおれは、リズの言葉を聞いてようやくノエルの意図に気が付いた。


「え? そういう話だろ?」

「そんなわけなくないっ!?」


 リズのツッコミにおれは全面的に同意だ。

 だが。


「あ、ごめんルイ! そういう意味じゃないの!」

「え?」

「ルイが全然無しとか、そういう意味じゃなくて!」

「お、おぅ……」

「全然! ルイはかっこいいと思うよ! だけど今の話の流れはそういう意味じゃないって意味でねっ」

「なんかおれ、告白したわけでもないのに振られた感じになってる?」

「そういうんじゃなくてっ」

「あはは、分かってるって」

「へぇ……ルイはかっこいいと思うのか」


 ノエルはにやにやと、言葉尻を捉えて楽しそうである。


「ノエル! それはそうでしょ! 魔物がんがんやっつけちゃうルイがかっこよくないわけなくない!?」

「ほうほう」

「だけどノエルだってかっこいいからね!?」

「へ?」


 おぉっと、これは完全にノエルに飛び火である。


「いろんな人の怪我とかテキパキ治療しちゃうし、大人ともしっかり話すし!」

「……お、おぉ」


 突然褒められて、ノエルは面食らいながらも若干照れている感がある。

 おれのことを揶揄(からか)っておいて、いざ自分の番になると耐性ないとかどういうことだよ全く。


「よし、この話やめようか」


 とうとうノエルはギブアップをした。


 そうこうしているうちに、都立図書館の敷地の正門へと辿りつく。

 図書館の敷地は、ぐるっと塀に囲まれていて、いくつか利用者用の大きな門があるらしい。

 おれたちが辿りついた門は開いていた。

 その代わり。


「結界だ……」

「え?」

「結界が張ってある。ここにはいるんだ、結界が張れる人が」


 既に辺りは薄暗くなっている。

 しかし建物の外に焚かれた火で辺りは明るく、見れば外では炊き出しの準備が行われているようだった。

 かなりの人数があちこちで忙しそうに動き回っている。

 門は開けっ放しなのにだ。


「ほんとか。だから門が空いてるのか」

「そうみたいだ」

「良かった、結界が張れる人がいるってことは、ルイくらい戦える人がいるってことよね。じゃあ魔物のことはその人たちに任せれば安心ね」


 周辺の様子に驚きながらも皆、到着した者から建物の方へと向かっていく。


「そりゃ、こんだけ人数いれば、都内に滞在中の外生まれの一人や二人、いてもおかしくないか……」


 ノエルはわずかにほっとしたような様子で呟いた。


 直後。


「誰なの!? 避難民を誘導してきたのは誰!?」


 張り詰めたような、凛とした声が耳に飛び込んできた。


「誰か教えて! このグループの責任者は!?」


 人の波が割れる。


「……あ」


 金色の光が、視界に飛び込んできた。


 炎の灯りに照らされた金髪を後ろでひとつに結わえた、紺色の服を着た少女。

 その青い瞳と視線があったように感じた。


「…………そん、な」


 自分に向けられたと感じた声に、体が跳ねる。


「アスカ……!」


 伸ばされた腕と光の滲んだ瞳から目が離せないまま、身動きができないまま、抱きしめられるがまま、おれは息を呑んだ。


「やだ、誰!?」

「ちょ、あんた、いきなり何」

「……背が……伸びた……?」


 おれを抱きしめていた女の子はおれから身を離してそう話しかけてくる。


「そう……、それだけだったのね……」


 話しかけられる言葉は、意味が分からない。

 呼びかけられた名前にも、覚えはない。

 だけど。


「っあんた! ルイを知ってるのか!? ルイの知り合い!?」

「……ルイ? 今はルイなんて、名乗ってるの?」


 青い瞳にのぞき込まれる。

 吸い込まれそうな、深い湖の底のような。


「……アスカ? どうしたの? 何があったの?」

「…………し、知らない」


 気付いたら、そう口走っていた。

 少女の表情が凍り付く。


「なにを、言って……」

「知らない! お前なんか知らない……!!」


 その瞳に見つめられるのが嫌で、おれは彼女を突き飛ばしていた。


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