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第24話 兄弟げんかを始める前に

 都立図書館への移動を提案したおれを見るみんなの顔には一様に戸惑いの色が浮かんでいた。

 話を聞いていたのかと言わんばかりの視線である。


「……いやルイ。それが危険だっていう話を」

「おれが、病気だからだろ。倒れるかもしれないから」

「そうだよ。意識を失うなんて症状がどれだけ深刻か、お前分かってないだろ。さっき戦いに出たのだって、俺は無事だったから良かったねで済ませる気ないからな」

「でも俺が出てなかったら、全滅してたんだろ」

「そんなの……」

「今ロジェさんが言った。さっきみたいな群れだったら警護屋が二人だと全滅もありえるって」

「…………」


 ノエルは黙り込んだ。


「まー、言ったな……。正直、魔物があんなに群れるのは見たことねぇ。想定外だから対策もないしな」


 ロジェさんは、顔をしかめながら発言の事実を認めてくれる。


「だったら、次また襲われたら、倒れるかも知れなくたって俺が戦わなきゃどのみち全員死ぬんだ」

「……そ、れは」


 たぶんノエルも、この論理に薄々気付いていたんだろう。

 返す言葉が無いらしい。


「それなら、どこにいても同じだと思う。ここに立てこもってても、外を移動してても」

「けど……っ、この人数だぞ。お前は一人なのに、囲まれてあちこちから攻撃されたらどうするんだ? やっぱり少しは立てこもれる壁がある建物にいないと……」

「それは、結界を張るから大丈夫」

「……け、っかい?」


 それが何なのか分からないというような反応を、ノエルはした。

 疑問に思って周りをみると、みんなも同じ様子である。

 さっきの飛空伝信(エアリング)の時と、全く逆の現象だ。

 おれだけが知っていて、みんなが知らない。


「あれ?」


 そういえばおれは、結界についていつから知っていたんだろうか。

 そういえば、さっき窓の破魔符が気休めという話を聞いた時、結界を貼ることを思いつかなかった気がする。

 その時には忘れていて、今思い出しているということは、おれが忘れていた記憶なのかもしれない。


「結界……あの、魔物の侵入防ぐやつ」

「おい坊主、防ぐって具体的にどう防ぐんだよ? 物理的な壁か?」


 食いついてきたのはロジェさんだ。


「いや、目には見えなくて……物理的には何もないんですけど、魔物はその中に入れないんです」

「なんでだ!? そりゃどういう原理だ!?」

「えっと……、えーっと原理ぃ……?」


 そんなことを言われても、そういうものがあるという感覚があるだけだから詳しくは……、いや、なんか分かるかもしれない。


「原理は……、魔力循環を否定する境界面を構築するんです。魔物は生身を持っているように見えて、魔力循環で生身を具現化しているだけなので、循環できないと生身を維持できなくなるから、境界面を越えられないんです」

「……お、おん?」

「循環を否定するだけなので境界面を越えられない魔力は反射されて、魔物の生身は反射されることになるので、物理的に壁にぶつかったようにはなります」

「あーん? なるほど?」


 ロジェさんは、真顔で言った。

 誰がどう見ても分かる、分かっていない「なるほど」である。

 

「ルイ、そんなの使えるなら、今ここにその結界っていうのを張ればいいだろ」

「うん、まぁ……移動の準備ができるまでは張ろうと思ってる。けど、起きてる時じゃないと維持できないから、おれだって寝ないわけにはいかないし、立てこもりの絶対安全策にはならなくて」

「だったらその魔法の使い方を教えてくれよ。戦えなくても、その魔法を何人かが覚えたら」

「使い方……を、教える? え?」


 そんなのイメージして魔力をこめるだけだけど、と思ってから、それがいかに変なことかに気が付いた。

 魔法って普通、呪文唱えるよな?


「……呪文を唱える方法も、あった気はするけど」

「は?」

「おれ、呪文使わないみたいで覚えてない……」

「はぁ?」


 ノエルの「はぁ?」は、きっと、おれが覚えていないことに対してではなく、呪文を使わないことに対してなんだろう。


「どういう原理で魔法使ってんだそれ」

「その辺は思い出せてないから分かんないけど」

「おい」

「とにかく、おれが倒れたらみんな危険になるんだし、次いつ倒れるか分からないなら、できるだけ早いうちに移動した方がいいと思う」

「いやでも」

「でもでもって何なんだよ……っ」


 説明してもしても納得してもらえない苛立ちを、おれはつい声に乗せてしまう。

 ノエルはおれに言葉を遮られて一瞬口ごもったが、すぐ大きく息を吸った。


「お前が戦わなくちゃいけないのはっ、群れがでかかったらの話だろっ?」

「でかくない保障があんのっ?」

「ないけど! でもだからって最悪の想定ばっかすることないだろ!」

「想定は普通、最悪に備えるだろ!」

「でもお前の負担が大きすぎるから他に方法を探そうって――」

「どうでもいいだろ一人くらい!!」


 ついおれは、本気で声を荒げた。


「一人犠牲になればみんな助かるなら、誰だってそうする! 普通のことだろ!?」

「…………」


 ノエルが、言葉を失ったかのように口を開いたまま固まった。

 眉間にしわをよせて、愕然とした様子である。


「おい坊主、そりゃあ普通、助かる側が口を滑らせて言っちまって、仲間からドン引きされるのが定番の台詞だよ」


 ロジェさんが、口調こそ軽いが、重めのトーンでそう言った。


「……どういう、意味ですか」

「その犠牲になる一人が、坊主のお友達二人でも同じことが言えんのかねぇ?」

「…………」


 今度は、おれが沈黙する番だった。


(確かに、負担がかかる一人が、ノエルやリズだったら……それはおれだって嫌だ)


「……ごめん」

「いや……」

「ねぇノエル」

「ん?」


 おれたちのやり取りを黙って聞いていたリズが、話し出す。


「ここに立てこもるにしろ、移動するにしろ、ルイが戦わずに済むのって、魔物が群れで来ない時だけってこと?」

「……まぁ」

「それなら、図書館に早く移動した方が良くない?」

「え?」

「ここに立てこもるなら、いつかも分からない魔除けの装置(プラント)復旧まで、食べ物もない中、何度ルイに戦ってもらわなきゃいけなくなるか分からないじゃない」

「……そ、れは……そうかもだけど」


 リズはクライドさんを振り返った。


「図書館が魔物の対策基地になってるって、戦える人が集まってるって言ってましたよね?」

「あ、あぁ。そうらしい」


 クライドさんは大きく頷いた。


「だったら、図書館に着きさえすれば、あとはルイはゆっくり休めるってことよ」

「……そ、うか。そういう……ことか」


 ようやく、ノエルは納得したらしい。


「そういうことなら……移動した方がルイの負担は……結果的に少ないか」

「話はついた?」


 やれやれといった様子で呟いたのはナタリアだった。


「意見がまとまって良かったわ。欲を言うなら、兄弟げんかを始める前に、その結論に辿りついてほしかったけどね」

「…………」

「…………」


 さっきの言い合いを兄弟げんかと評されたおれたちは、ちょっとした気まずさと気恥ずかしさで、お互いに黙り込むしかなかった。

 


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