第21話 あえて否定に全力は注がないけど
通してほしいという声を人だかりの向こうからかけてきたのは、ノエルとリズだった。
二人は人の壁をかき分けるように出てきて、ナタリアの横を素通りして、おれに駆け寄ってくる。
「……あの、ごめ」
謝罪の言葉は、二人に抱きしめられて最後まで続けられなかった。
「ルイ! 良かった……!」
「怪我は!? 具合は!?」
ぎゅうぅっと、おれを抱き潰さんばかりに抱き締めてくるリズと、すぐに身を起こして、おれの体の診察を始めるノエル。
めちゃくちゃ怒られると思っていたおれは、なんだか拍子抜けをした。
いや、このあとだ。
怒られるとしたらこのあとだ。
「ねえノエル、ルイってあんたんとこに住んでんでしょ? 何なの? 何者?」
そういえば、ナタリアがいたんだった。
問いかけられて、ノエルとリズははっとしたように後ろを振り返る。
「ナタリア? なんでここに」
最もな疑問である。
ナタリアは肩をすくめた。
「なんでも何も、地震が起こった時ここにいたのよ。うちの兄貴の職場がここでさ、学校早く終わったから寄ったの。そしたらこんなことになっちゃってそのままよ」
そういえば、お兄さんがいるとか言っていたような気がする。
「そうだったのか。昨日から一緒にいたんだな。気付かなかった」
「まぁ、中は人も多かったからね」
「確かに」
「で? ルイって魔法力ゼロっていう話だったわよね? 先生からあんなに説教くらってもしょんぼり黙りこくってたくせに、魔物倒すってどういうことよ?」
「………………」
「なんで?」
おれたちの無言に対して、ナタリアは容赦なく尋ねてくる。
ナタリアだけではない、目の前に立ち並んでいる人たち全員が答えを望んでいる。
「え、黙秘とかやめてよ? 実はルイって人型の魔物? とか、有り得ない想像膨らませちゃっていいわけ?」
「おい……」
「分かってるわよ。流石にそんな思春期真っ只中みたいな妄想、恥ずかしくってあたしはしない。でもこの非常事態だもん、何も説明してくれないなら、極端なこと言い出す頭おかしい奴だって出てくるかもよ?」
「……すっげー脅しなんだけど」
「そう?」
ナタリアはずっとぼけたように言う。
でも何となく、状況が一番悪くなる想像を、する方がヤバいという注釈付きで展開してくれたのは、周りの人たちに対する牽制なのかもしれないと思った。
「で何なの?」
「おれ、記憶がないんだ」
おれは正直に言うことにした。
「だから正確なことは分からない」
「は、はぁ?」
おれの回答はナタリアには予想外だったらしい。
「そんなことある?」
「あるから困ってるんだ。おれ、大怪我して行き倒れ出たらしくて、それより前のこと思い出せないんだ」
ナタリアは眉間にしわを寄せた。
「もしかして、身元不明なの?」
「親いないっつー話したろ」
補足として答えてくれたのはノエルである。
「持ち物に身分が分かるものはなかったし、それらしい捜索願いもなかったからな」
「ふーん……」
ナタリアはノエルの解答に、何かを考え込むように腕を組む。
「警護屋の訓練学校に行けるような年齢にも見えないし……親が警護屋だったとか?」
「あー……あるかもな」
「いや何気に違法よ? 要資格の呪文を子供に教えるのは」
「出身がこの都市とも限らないだろ」
「あぁそっか」
ノエルとナタリアは、おれにはよく分からない話をしている。
けれどリズも別に不思議そうな顔はしていないので、単純にこの四年でおれが身に着けた知識以上のことを話しているのだろう。
「もしかしてアレなの? 外生まれ」
「あぁ……、そう、その線が一番ありそうだって話はしてる」
「へぇ〜、あたし実際会うの初めて。外生まれってこんなに強いんだ」
「信じるのか?」
「いやだって。こういう時って一番現実的な仮説が結局正解だったりするもんじゃない。そりゃあ有り得ない妄想の方が人は面白おかしく噂するだろうけどね。でもそんな面白いこと、そうそう現実に転がってないって」
ナタリアの結論はかなりドライだったが、それが返って周りの人を冷静にさせたらしい。
おれに対して不審げな眼差しを送っていた人たちが、ほっとしたような、警戒をといたような雰囲気が伝わってくる。
「とりあえず中に入りましょ」
ナタリアの声かけで、正面玄関前に集まっていた人たちは、ここが危険な外であることを思い出したかのように、建物の中へと入っていく。
おれたち三人もそれに続いて建物へと入った。
「ナタリア、ありがとう」
「何が?」
みんながおれに不審感を抱いて収拾がつかない状態になるのをナタリアは止めてくれたと思う。
だけどナタリアは気付いていないようなノリですまし顔だった。
「お礼くらい言わせてくれても……」
「まぁ、感謝したくてしょうがないって言うなら、あえて否定に全力は注がないけど」
「じゃああの、ナタリア、ほんとにありがとう」
「…………」
ナタリアはおれが改めて感謝を伝えたら、急に眉間にしわを寄せた。
なんだ、お礼言っていいんじゃなかったのか。
「……あたしは実のとこ、あんたに名前覚えられてたのがホントにちょっとびっくりよ。昨日は意地悪言って、まあ、ごめん」
「え?」
突然の謝罪である。
当然、思い当たる節なんてない。
「いや……ごめんちょっと、良く覚えてないんだけど」
「ちょっと。なんであんたが謝ってんのよ。へコまされた自覚ないわけ」
「え」
「基礎魔法の授業で、あんたが毎回先生に怒鳴られんの、いい加減どうにかしてくんない的なことを言ったじゃん」
「……あー……、あ、あ〜?」
そういう意味だったのか?
「ノエルは気づいてたわよ。ねえ?」
「まぁ」
苦い顔をして答えるノエル。
「え、二人ともなんか大人なんですけど……」
「すごい間抜けな感想だぞソレ」
ノエルの言葉にうんうん頷いくナタリア。
と、その右肩へ手が一本すっと置かれたのを見て、おれはその腕の主を見上げた。
「ナタリア」
青年が一人、ナタリアの後ろに立っていた。




