第19話 完全に、盲点だった
「全部の命が平等だったらの話だろ!」
「…………」
言われた言葉の意味が分からなくて、おれは瞬きをした。
「そんな死傷者ゼロ作戦、ゲームならいくらでも理解できるけど! その作戦でリスクを負うコマがお前なのがおれは気にくわない!」
「……どういうこと?」
「ルイ、分かんないの?」
ふいに、今まで黙っていたリズがおれに話しかけてきた。
「絶対に失いたくないのは、知らない誰かじゃなくて、家族のルイなの」
「……え?」
「私たちにとったら、ルイがまた倒れて魔物に殺される可能性がちょっとでもあるなら、ほかの誰かが死ぬかもしれないことなんか、どうでもいいのよ」
「…………」
……それは、完全に、盲点だった。
「なんで驚いた顔してるんだお前はっ」
「……そうか。……そうかぁ」
「納得したか?」
「……した」
ノエルもリズも、ただ純粋に、おれのことを心配して、大事に想ってくれている。
だから反対されていたのかと腑に落ちたおれは、気持ちを新たにした。
「でも、誰かが死んだら、おれが戦うのを反対したノエルとリズはずっと罪悪感抱えて生きるじゃん」
「そんなの、ルイが死ぬかもしれないことに比べたら全然っ」
「おれはそれが嫌だ」
「おいルイ」
「だからおれは自分が思ったように動くよ」
「はぁ!?」
そうだ。
おれが自分の行動を自分で決めるのに、二人の許可は必須じゃない。
二人が自分の気持ちで望みを通そうとするなら、おれだってそうしていいはずだ。
自分の体ひとつで叶えられる望みなんだから。
「ル、ルイ待って!」
リズが伸ばした手は、おれには届かなかった。
一歩踏み出そうとした足を、おれが押しとどめたからだ。
「な、なにっ」
ちょっと魔力を送ればできた。
なんでできたのかは、ちょっと分からないけれど。
「おいルイ!」
リズの後ろにいたノエルも、リズが動きをとめたのでたたらを踏む。
それでも回り込んでおれを追いかけようとしたノエルを、近くにいた人が引き留めた。
「なっ、離せよ!」
「戦ってくれるって言ってるんだっ、行ってもらおう! な……!?」
「なんっ」
ノエルの引きつった声を後にして、おれは建物の出入口に向かった。
***
警舎の正面玄関には、警舎の備品である様々な対魔物用の武器を手に、男たちが数人身構えていた。
警護屋の双子と、制服を着た都警隊の隊員が一人。
とは一般人である。
「魔物猿がこんなに群れてんの、みたことあるかよ」
「ないな」
他の魔物と比べ、比較的昼にも活動する、猿に似た体型を持つ魔物が建物の正面玄関回りを取り囲んでいる。
存在自体が猿とは明らかに違うが、猿を基準とするならば、その腕は異様な程に長く、爪は鋭く尖っていた。
そして目は赤い。
「一体何だってんだ」
「地震であちらさんも気が立ってるんだろうぜ」
「それで群れてみましたってか。傍迷惑な」
警護屋を生業とする双子の兄ロジェは、弟のユーグと肩を並べて男たちの先頭に立ち、近付いてくる魔物への牽制攻撃を繰り返していた。
「近付かれたら、そっこーあの長い腕の間合いに入っちまう」
ロジェは破魔の効果のある弾をこめた銃を、先頭の魔物の足元に向けて撃ちながら言う。
一匹屠ったら最後、本格的な開戦の火蓋が落とされることになる。
目の前の魔物の多さにその覚悟が決まらぬまま、膠着状態が続いてた。
「魔物退治は何度もやってきたがよ……この状況はハジメマシテだな」
魔物は基本的に大きな集団では動かない。
集まったとしても三、四匹程度が普通で、こんな風に数十匹も群れて襲ってくることなどないはずだった。
「落ち着いたら廃業するか?」
「おいおい。俺らに警護屋以外、どんな仕事が務まるって?」
「言ってみただけだ」
双子は互いに軽口を言い合って調子を取り戻そうと試みる。
効果があったかどうかは判然としないまま、どうにも埒が明かないと、ロジェが階段に一歩足をかけた。
――グィッ ギッ
「じょ、冗談じゃねえ!」
ロジェの一歩を合図にしたかのように、魔物猿が一斉に動き始めた。
「畜生! 来るなら来やがれ!」
ユーグが魔術符を使って火炎にも似た攻撃を広範囲に仕掛ける。
中心にいた魔物猿は何匹か炎に包まれたが、大多数は左右に展開し、火炎を逃れて向かってくる。
その先頭をロジェが破魔銃で撃ちぬいた。
続く後続も、双子以外の面々が攻撃を仕掛けていく。
だが武器の扱いもに慣れていない面々である以上、命中精率があまり良くないのは当然であった。
「くそ! まずいぞ!」
「撃退どころじゃねぇな! 押されてる!」
「いったん中に引くか!?」
このままではまず誰かが一人、魔物の爪にやられる。
誰もがそのことを脳裏に考え始めた時だった。
「おいっ! 粋がって出てくんじゃねえ! ガキは中に入ってろ!」
一番扉に近い位置にいた男がそんな風に叫んだのが戦場に響く。
先頭で魔物と対峙していたロジェは、子供が加勢しようと武器でも持って飛び出してきたのかと想像し、攻撃の合間にちらっと後方へ視線を向ける。
「て、てめえふざけんじゃねえぞ! 死にに来たか!?」
ロジェは思わず叫んでいた。
目の端に捉えた子供が、丸腰で男たちの後ろに立っていたからだ。
加勢しに来たようには到底見えない。
「引っ込んでろ!」
そう叫び、直後飛び掛ってきた一匹に、破魔銃を撃ち込んだ。
そしてもう一度戻るように怒鳴りつけようと後ろを振り向きかけた瞬間、
「……!?」
目の前を強烈な光が掠め、ロジェは目を瞬かせた。
「なんっ」
反射的に光の軌跡を目が追い、たどり着いた視線の先で魔物猿が霧散する光景を見て、ロジェは言葉を失う。
「……は!?」
後から次々に、同じ真っ白な光が打ち出されていく。
「うおっ、何だ!?」
「おわぁ!」
「ちょっ、マジか!?」
光り輝く弓を手に、少年が立て続けに矢を射ていた。
「な……、な……」
矢筒などなく、少年が弓を引く動作をする度に光の矢がそこに生まれていく。少年が矢を射ながら歩き始めると、皆飛びのくようにして道を空けた。
「すみません」
ロジェは最初何を謝られたのか分からなかった。
そして少年が通り過ぎた後、道を空けてもらったことに対する言葉なのだと気付く。
「何なんだ……?」
答えてくれる者は誰もいなかった。




