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第1話 お兄ちゃんみたいだ


 時は遡ること半日ほど前――




 透き通るような高い空に白い雲が流れているのを見ていると、なんか全てがどうでもいい気になってくる。

 今ここで、ふつっと意識が途切れて死んでしまっても、それはそれでいい人生だったと思えるような。

 死ぬなら天気のいい日に死にたい。とはこういうことを言うのだろう。


「いやまぁ……いい人生って言っても、三年しか味わってないんだけど」


 もちろん、おれは三歳児ではない。

 見た目はたぶん……十五歳くらい。


 たぶんなんて言い方しかできないのも、いい人生が三年しかないのも、原因は単純だ。


 おれは三年より前の記憶がないのだ。


 誕生日も分からなければ、名前も分からない。

 どこに住んでいたのかも、どこから来たのかも、どこで生まれたのかも分からない。

 だけど。


「おいルイ!」


 今呼ばれている名前ならある。


「お前なぁ。何ぼうっとたそがれちゃってんの。今は朝だぞ。学校行く時間! 準備済んだのか?」


 おれのことをルイと呼び、話しかけてきたのは亜麻色の髪をした、便宜上おれと同い年の男、ノエルだ。

 現在時刻は朝の八時。

 場所は、サウスリング七番通りの診療所の三階に位置する住居スペースの一室。


 おれはここで暮らしている。

 縁もゆかりもない身元不明人のおれを引き受けて、学校にまで通わせてくれているのはこの診療所を運営している医療魔法師のじいちゃんで、ノエルはその人の孫である。

 ノエルは部屋のドアのところから呆れたような視線をおれによこしてくる。


「んー」


 おれは気のない返事をしながら、ベッドの上の荷物に視線をやった。

 とりあえず準備はできている。


「なら後は家出るだけじゃん」

「……あたま痛い。行きたくない」

「あっはっは。甘い! どうせまた基礎魔法の授業がやだとか言い出すんだろ! 甘いぞ! 俺なんてサボりたい授業はルイの倍はあるんだ! 行くぞ!」

「いーやーだぁあー」


 ノエルはずかずかと部屋の中に入ってきて、おれを窓から無理矢理ひっぺがそうとしてくる。

 おれは散歩を嫌がるデブ犬よろしく必死に窓枠にしがみ付いた。

 いや断じてデブではないけども。どちらかと言うと、世話になっているじいちゃんにはもっと食えと言われる方だけども。


「なぁにをっ、意地になってんだお前っ」

「あっ、いて、いてて、ノエルっ、痛い!」

「なら、その、手を、はなせ! 観、念、しろっ」

「いたっ、いたっ、ちょ、服のびっ」


 半袖の、ゆったりした着心地の青いシャツ。これはじいちゃんが買ってくれた服である。

 犠牲にはできないと判断したおれは、窓枠を掴んでいた手を潔く離した。

 当然のことながら、おれたちはノエルの引っ張る勢いのまま、二人して床に転がり倒れることになる。


「……だ、ぁあ……。いきなり、何しやが」

「服が伸びるくらいなら学校に行く」

「どういう基準なんだそれ」

「ちょっと我がまま言って甘えてみたかっただけ」

「なんっだそれ」


 ノエルは、思いっきり眉間にしわを寄せた。

 でも怒ってはいない。

 それくらいはこの三年で完璧に把握できるようになった。

 とりあえず、覚えている範囲でいい人生であることは間違いない。


   ***


 人口百万人程度と言われる魔法都市ミッドガルド。

 その中心部に政府主要機関が集まる中心部(セントラルエリア)があり、その周囲に都市の住民の居住区が広がっている。その(リング)状の居住区の南側だからサウスリングというらしい。

 サウスリングの七番通りは、自宅兼店舗のような建物が軒を連ねている、いわゆる商店街だ。

 現に、おれたちが暮らす診療所の左隣には、魔術具を扱う魔法雑貨店がある。


「おはよ、寝坊しなかった?」


 一階におりて診療所から出てきたおれたちに声をかけてきたのは、その魔法雑貨店の娘である、リズだ。

 かるく波打つ赤みがかった栗色の長い髪と緑の大きな瞳。

 リズも、便宜上おれと同い年である。

 ていうかむしろ、単純に、ノエルとリズが同い年の幼馴染同士なのだ。


「おはよ~。今日も無事ノエルに起こされたよ」

「俺はお前の目覚まし時計は卒業したいんだけど」

「なるほど、頑張れ応援してる」

「頑張るのはお前だよ」

「ふふふ」


 おれたちの軽口にリズは笑い声を漏らし、ノエルは肩からずり落ちそうなかばんをかけなおして歩きだした。

 その後を追うようにおれとリズも歩きだし、二人で小さく会話を始める。


「二人とも、前見て歩けよ」


 声をかけられて、おれとリズは顔を見合わせた。


「何だよ?」

「や、ほんとそうだと思って」

「何が?」

「ノエルってお兄ちゃんみたいだって今言ってたの」

「はぁ?」


 ノエルのリアクションが面白くて、おれとリズは笑いながらノエルの左右に並んだ。


「こんな手のかかる妹も弟もほしくねぇよ」

「でもノエルってば面倒見がいいんだから」

「みられてる自覚あんのお前ら」

「あるある。相当ある。お兄ちゃん無しじゃ相当自活できない!」


 楽しくなったおれは、にやにや笑いながらリズの説を推す。

 するとノエルは口をへの字にまげておれの髪をわしわしと撫でつけた。


「そういうこと平気で言うならな、もう宿題手伝わないし!」

「あ、やめて、ごめんなさい。それ困る」

「あら大変。あたしでよければ手伝おうか?」

「えぇっ、だってリズもう学科違うじゃんっ」

「ふふふ~。術具科の課題は大変よ~?」

「俺だって来年からは医療系行くぞ。お前こっちに来るのか?」

「えぇー、普通科のままでいいよー。魔法使えないのに医療系なんて」


 おれは心のそこからのうんざり感を声に乗せる。


 そう。


 何を隠そう、おれは魔法が使えない。

 このミッドガルドの住人……ひいては世界中の人間が、大なり小なり魔法を使えるのに、である。


 それが、今朝学校に行きたくないと駄々をこねて見せた、たったひとつの理由だった。



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