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第17話 てれた

「おにいちゃん、これ……」


 そう言って女の子は持っていた袋の包みをおれに差し出してきた。

 さっきガサゴソいってたのはこの袋らしい。


「え……」


 訳が分からなかったけれど、女の子が何かくれようとしているのを無碍(むげ)にはできず、おれは袋を受け取った。

 中をのぞくと、パンが何個か入っている。


「これ……」

「とどけに行こうってね、おもってたの」

「…………」


 おれは瞬きをした。

 試しに焼いた新作のパンを持っていくという話を、ノエルとパン屋のノーラさんがしていたのは覚えている。

 パン屋と診療所はそう遠くないし、地震が起きた時に近くにいたとしても不思議ではなかった。

 ここに移動してくるまでに一緒に行動した人たちの中に女の子もいたのだ。


「そう、なんだ……」


 おれは自分のことに一杯一杯で、そんなことに気付く余裕もなかったらしい。


「これ……」


 ノエルも袋を覗き込んで中身に気付いたらしく、女の子を振り返った。


「お母さんは一緒じゃないのか?」

「いっしょだよー。お父さんをさがすの」

「……そうか」


 こんな状況の中で、一度はぐれてしまった家族を探すというのは、そう簡単ではないだろう。

 ノエルもそんな風に思ったらしく、返答に一瞬の間があった。

 でもノエルはそんな気配を悟られまいと、明るい笑顔である。


「シーラ!」


 女の子の名前を呼ぶ心配そうな声が響いた。

 お母さんのノーラさんはすぐ近くにいたらしい。

 シーラを見つけ駆け寄ってきたノーラさんは、シーラを自分のもとへぐっと引き寄せる。


「シーラ! お母さんから離れないでちょうだい! 心配するじゃないの!」

「ごめんなさい。おにいちゃんたちに、パンを……」


 シーラはおれたちの方を指差した。

 ノーラさんはおれたちを一瞬だけちらっと見てから、すぐにシーラを抱きしめる。


「あぁ、あんたって子は……」


 シーラはきょとんとした表情だ。

 ノーラさんはゆっくりと顔をあげると、ノエルの方を振り返った。


「……ほんとに、気を悪くしないで欲しいんだけど、……できればパンを半分返してもらえないかしら」

「え、あ……」


 パンを受け取ったのはおれだったので、ノエルはノーラさんのお願いに一瞬反応が遅れたようだった。

 半分と言われたのも戸惑いポイントである。


「シーラは地震のことをよく分かっていなくて……夫がどうなったかも分からないの。他に頼れる人もいないし、あなたたちのとこへあげようと持ってたものだったんだけど、今は大切な食べ物なの……」


 ノーラさんの苦しい事情は痛いほど理解ができた。

 本当は、半分ではなく全部返してほしいはずである。

 人が好過ぎることに、おれは驚いた。


「……か、返しますっ」


 袋を持っていたのはおれだったので、おれは袋をそのまま差し出す。

 半分だけ返すなんてマネができるわけがない。


「お母さん……?」


 シーラは事情が分からないのか、不思議そうに母親を見つめ、それから差し出された袋を受け取ろうとこちらに一歩足を踏み出した。


 が、それを止めたのはノーラさんだった。


「…………」


 おれは袋を差し出した体勢のまま固まって、何も反応できなかった。


 普通、子供は魔物を倒せない。

 なのにいとも簡単に多くの魔物を屠ってしまった自分。

 それが周囲にどういう恐怖を与えるかということを、ノーラさんの強張った表情でおれはようやく実感として理解した。


「…………っ」


 おれが記憶のない身元不明者だという話は近所に知られている。

 もちろんノーラさんも知っているだろう。

 そんな人間が魔物の群れを難なく倒したのだ。

 それなのにおれは、自分の記憶が戻らないことを理由に、周りへの説明を放棄している状態である。

 それでは怖がられて当然だろう。

 どうしていいか分からないとか、遠巻きにもしたくなるとか、そういう次元の話ではないのだ。

 明らかな恐怖の対象である。


 たとえ命を救われたとしても、魔物を倒してしまうような力が絶対自分たちには向かないという保障もないのだから。


「……っ返します」


 ノエルがそっくりそのまま同じことを言い、固まって動けないおれの手から袋を取り、直接ノーラさんの元へ手渡しに行く。

 ノーラさんはそれを受け取り、恐怖と同時に申し訳なさも感じているのか、何度も頭を下げて建物の端の方へシーラと一緒に離れていった。


「気にすんな」


 戻ってきたノエルは、軽い調子で声をかけてきた。


「……しょうがないよ。おれだってちょっとおれが怖いもん」


 おれは、そのノエルのノリに応えるように、軽口めいた口調で言葉を返した。


「はは、怖がりだな」


 ノエルは軽く笑いながら再びおれの隣に腰を下ろす。


「ノエルたちが怖がらなさすぎるんじゃないの……?」

「ていうか、こればっかりはもう、関係値の問題だって。俺らはルイのへたれなところとか、打たれ弱いところとか知ってるからさ」

「おぅおぅおぅ」


 なんか急にディスられる流れなんですけど?


「だから今さら、いくらルイが馬鹿強くても、怖がりようがないけど」

「慰められてるはずなのに、なんかダメージ受けてる気がするのなんで?」

「まぁ反省するとしたら、人見知りせずに、もっと近所の人と仲良くなっとくべきだったとかじゃね?」

「やっぱりダメージ与えられてる!」

「ははは」

「笑ってるし!」

「いやー、なんていうか。ルイの人間性を知ったら、怖がる必要なんかなかったことにみんな気付くだろって話な」

「…………」


 いや、分かってるよ?

 そういう意味で言ってくれたんだってことは、分かってる。

 でも面と向かって慰めてもらうのが恥ずかしいから茶化したんであって。


 そんな正面切って言われると、どう反応していいか分からないんですけど!


「…………」


 おれはどうしようもなくなって、ずるずると背中を滑らせて沈み、ころんと床に転がった。


「何してんの?」


 丸まったまま床に転がるおれを見つめて、冷静に尋ねるノエル。


「てれた」


 正面切った照れ隠しの短い一言に、ノエルは黙って口元に笑みを浮かべる。


「……あっそうですか」


 ノエルは追求してはこなかった。

 だがその声音には照れ隠しを暴かないやさしさに感謝しろという響きはしっかり含まれている。

 ノエルは荷物から毛布を取り出し、小さく丸まって横になっているおれにバサッとかけてくれた。

 診療所から引っ張り出して持ってきたものらしい。


「俺が寝るときは半分よこせよ」

「ん」


 おれは究極に短い返事をした。

 リズたちが非常食を手に戻ってくるのが見えた。



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