第16話 慣れているという範疇
「お前、魔物と戦うような生活……してたっぽいよな」
少しの沈黙のあと、ノエルはぽつりとそう言った。
話しかけられてノエルの方を見ると、ノエルはぼうっとロビーの人を眺めている。
「……まぁ、うん。……そう、なんだろうな」
おれは再び床に視線を戻した。
「三年前っつったら、十二か十三くらいだろ? そんな年で警護屋なんて、学校の教育課程をどんだけ飛び級したって無理だろ」
「ていうか、飛び級するくらい勉強できてたなら、学者とか研究の道に進んでそうだけど……」
「確かにな」
ノエルは少し笑ったようだった。
おれが学者とかやっているのが想像できなかったらしい。
「まぁ警護屋の線はないか……」
「そうだねぇ」
「そういえば、外生まれ、みたいな話聞いたことあるけど」
「なにそれ?」
初めて聞いた言葉な気がする。
「いや、魔物避けがない街とか村……とかも、なくはなくて、そこの住人はまぁまぁ魔物に慣れてるっていう話」
「慣れてる……」
おれが魔物をすでに何十匹と倒しているのは、慣れているという範疇に含めていいのだろうか?
含めていいのなら、得体の知れない自分に対する恐怖感が割と和らぐんですが。
「なんか、ピンと来たりしない?」
「……うーん」
そんなこと言われても、おれの記憶はウンともスンとも言わなさそうである。
考えるのが面倒になっておれは目を閉じた。
「分かんないけど、それで説明がつくなら、それでいい気がする」
「おい、それでいいってなんだ」
「だって、考えたって分かんないし……」
口を尖らせながらそう言ったら、ノエルはため息をついた。
「あのさ、一回意識戻ったの覚えてる?」
「え……?」
脈絡なく切り出されて、おれは思わず顔を上げる。
「えーっと、さっき背負ってくれてた時?」
「いや、三年前」
「三年前って……おれが行き倒れてた時?」
「そう」
ノエルは何故か、物々しげに頷いた。
「見つけたのは俺とリズでさ。そん時、呼びかけたらお前、反応あったんだ。会話、したんだよ」
「え、ほんと? おれ、ベッドで寝てたとこからしか覚えてない」
「あぁ……、やっぱりそうか。お前が記憶失くしたのは、怪我の高熱のせいだろうってじいちゃん言ってたしな……」
「熱……?」
「あぁ」
短い一言を返したのち、ノエルは何かを言いよどむように口を閉ざした。
「初耳……なんだけど」
「うん……」
「なんで、今言うの……?」
「いや……その」
ノエルの言葉は歯切れが悪い。
おれは無言でノエルの言葉を待った。
「その、お前……その時、……なんかさ」
「なに?」
「……なんか、うわ言みたいに……ごめんなさいって」
「……ごめんなさい?」
「あぁ……。ずっと……何か謝ってた……」
「…………」
どう反応していいか分からない。
おれはさっきもノエルに言った通り、ベッドで目が覚めてからのことしか覚えていないのだ。
「いやあのな、言うつもりはなかったんだ。何か謝らなくちゃいけないような事があったらしいなんて、そんなことだけ分かってても困るだろ」
「……じゃあ、なんで」
「でも魔物と戦うようなことがよくあったんだとしたら、あの時の怪我もそういうののせいだったのかもしれないし、それであの怪我だし、やられてごめんとか、そういう意味だった可能性めっちゃあるなって」
「…………」
「魔法の使い方みたいなの、思い出したみたいだし……。記憶が戻りかけてるなら、詳しい話するの今なんじゃないかって。何かのキッカケになるならって」
おれが無言でいるせいで、ノエルはしどろもどろになりながら一気に説明を終えた。
「ま、まぁ、魔物と戦うようなことがあって、そのあとうちの家の裏で倒れてたってのは意味分かんないけど」
ノエルは自分の解釈の穴を自分で発見して、はははとわらった。
「…………」
でもおれは、いまだに何て答えていいか分からない。
「あ、あとさ、俺、お前に名前とか聞いたんだよな」
ノエルは雰囲気を変えようとしたのか、高めのトーンで話を続けた。
「なまえ……?」
「でもルとイっぽいのしか聞き取れなくて……」
「……あぁ、それで」
そういえば、名前が分からないとなって、ルイでいいんじゃねーのと言ったのはノエルだった気がする。
「あ……ありがとう……?」
「いや、名前を聞いたのは俺だけど、ルとイを聞き取ったのはリズだよ」
「あ、そうなんだ」
ここに来て新情報が盛り盛りすぎるんですけど。
「あとは何だったかな……。ここはどこだとか、なにか、誰かが寝てるとかそんな感じの……よく聞き取れなくてさ」
「……もしかして、寝坊してごめんなさいとかそういう、謝ってた話?」
「瀕死の重症の時にそれが気になるタイプなら、そうだったんじゃないの」
「うん、ごめん。ないよな」
ふざけてみたら、思いのほか呆れられたので、おれは居た堪れなくなった。
「もうやめよ。おれ、別に思い出したくないし、大丈夫」
「大丈夫? ……何が? いいって、なんで?」
ノエルは怪訝そうな顔をして、三回語尾をあげて尋ねた。
よっぽどおれの言葉の意味が分からなかったらしい。
「おれ、分かんなくていい。昔の自分のことなんか。ルイって名前があるし、それだけでいいよ」
「……本当の名前じゃないのに?」
「いい」
「…………親も、家族も、年も誕生日も、全部本当の事分かんないままでいいって?」
「いいよ」
ノエルはおれが頑なな返事をするもんだから、それ以上続けられなくて黙り込んでしまった。
「……ありがとな」
色々と考えてくれて、の意味でおれはノエルに礼を言った。
ノエルは短くため息をつく。
「分かった」
しょうがねぇなと呆れるような声だった。
直後、ガサガサと何かが擦れるような音が耳に飛び込んでくる。
「…………君は、さっきの」
音のした方を振り向くと、さっき挨拶をしたパン屋の女の子が立っていた。