第15話 背負われてろ
「う……ん」
「しっかりしろ、もうすぐ休めるからな。横になれるぞ」
一番最初に感じたのは頬の温もりだ。
次に感じたのは、伝わってくる振動。
もう少し静かな場所で、浅い眠りを貪りたかったのに、一度浮上した意識はもうまどろみには戻れなかった。
「ルイ、ルイ、気が付いた?」
「……ぁ、リズ」
目の前で心配そうに瞳を潤ませるリズがいた。
「良かった! ノエル、ルイが!」
「気付いたか!?」
「ん……」
重い頭を持ち上げて周囲を見渡して初めて、おれは自分がノエルに背負われているのを理解する。
「……ごめ、おれ、どうし……」
「魔物を倒した後、また倒れたの! 頭が痛いって言って……っ、だから止めたのに!」
「あぁ、そっか……」
魔物を片付けるのは簡単だった。体が勝手に動いたから、特に何か苦労した覚えもない。
だけど、その後に襲ってきた頭痛には為す術がなく、意識を失ってしまったのだ。
まぁなんとなく、こんなことになる気はしていた。
でも、魔物を倒しきるまでは大丈夫だろうという確信もあったし、実際その通りだったんだから、問題ないだろう。
「ごめん、ノエルありがとう、降りるよ」
「いや、駄目だ、お前はしばらく背負われてろ」
「えぇ……」
有無を言わせない物言いにおれは少し引いた声を出したが、ノエルは折れるつもりはないらしい。
仕方がないからノエルの気が済むなら背負われているかと諦めた時である。
前方を歩いていたじいちゃんからノエルに声がかかった。
「おいノエル、あの建物!」
じいちゃんが指差した前方左手の建物の入り口に、火が焚いてあった。
建物は何かの公共設備っぽく、敷地面積も広そうである。
窓も小さめで既にふさがれているようだった。
壁も石灰造らしく、見るからに頑丈そうなのが安心できる。
「あれは都警隊の警舎じゃないか?」
「それならまともな武器もあるかもしれない。入れてもらおう」
ノエルはほっとした様子をにじませて答えた。
周りの人たちからも安堵の声が漏れる。
ひとまず今夜は何とかなりそうだ。
警舎は正面入り口が階段を少し上ったところにあり、近づくとそこに見張りがいるのが見えた。
「おい、大丈夫か!?」
おれたちが声をかけるより早く、向こうから声がかかる。
「魔物がうろついてるぞ! どうしてこんな暗くなって移動してきたんだ!」
都警隊の制服を着た男の人が、魔法で作った明かりをこちらに向けながらそう言った。
見張りの声に気付いたのか、中からドアが開かれる。
中から出てきた人も、おれたちに気付くと、驚いた顔をしながらもドアを大きく開けてくれた。
「早く入れ!」
おれたちは急かされるまま、開いたドアから警舎の中へと雪崩れ込む。
「驚いたな。何人いるんだ? こんな暗くなってから逃げてきた団体は初めてだ」
すぐに話しかけてきたのは、都警隊の作業着っぽいものを着た、五十代くらいの男の人だ。
警舎の中、入ってすぐは大きなロビーになっていて、既にまぁまぁの数の人がいる。
みんな一様に、急に入ってきたおれたちに、驚きの視線を向けていた。
「俺はジイルだ。この警舎の舎長を務めてる。代表者は?」
最初に話しかけてきた男の人は名乗ってから、一番年配のじいちゃんに声をかける。
「あぁ、それならわしだろう。成り行きだがな。ノアだ。わしは医者だから役に立てるはずだ」
「そいつは助かる」
じいちゃんの医者という言葉に、周囲の人たちからも嬉しそうな声があがった。
「地震が起きてすぐ、都警隊の隊員はほとんど居住区域に出払っちまってな……。あんたらは、魔物に襲われなかったか?」
舎長さんの言葉に、一瞬じいちゃんが言葉を飲んだのが分かった。
「……襲われたよ、だが運がよかった」
じいちゃんはおれのことを何も言わなかった。
「そいつは何よりだった。こっちは隊員が地震の救助活動に散らばってっちまったお陰で、魔物の対応は後手後手になっててな」
「ここには戦える人間はいるのか?」
「運のいいことに、ちょうど手続きに来ていた警護屋の二人組みがいるがね。この数じゃ追い払うのが精一杯だそうだ」
警護屋、と言われて軽く手を上げた男の人が二人、二階へ上がる階段に座っている。
どちらも茶色い髪に同じ色の瞳。ついでに顔の作りも同じだ。
どうやら双子らしい。
「警護屋って……?」
この三年で教えてもらった知識の中に、その言葉はなかったので、おれはノエルにこっそり尋ねる。
「あぁ、警護屋っていうのは、他の都市に行き来する時に、出くわした魔物を退治する職業の人だよ」
「おぉ、魔物と戦える人か」
「そうだ。もうお前が頑張らなくて大丈夫そうで良かった」
「あー……そうだね」
おれはとりあえず、ノエルの言葉は否定しないでおく。
けれど、ノエルはおれの答え方が気に入らなかったのか、本当だろうなという視線をよこしてきた。
それを、おれは気付いていないフリをする。
「お前さんたちは運が良かった。見たところ警護屋もいないようだし、ここまでよく来れたな」
「まぁ、な」
じいちゃんが何も言わないと決めたのなら、おれもとりあえずは従った方がいいだろう。
「ひとまず、腹が減ってたら非常用の備蓄があるから貰うといい。あと、医者って言ってたろう。診てもらいたい人間が何人かいるんだ」
「分かった、診よう」
じいちゃんは頷いてから、おれたちを振り返る。
「ノエル、ルイに付いてるんだ。具合が悪くなったら診てやれ」
「分かった」
ノエルはじいちゃんを見送ったあと辺りを見回した。
建物の奥、受付か何からしいカウンターの影があいていて、おれたちはリズとエリックさんと一緒にそこへ移動する。
一緒に避難してきた人たちはすでに、思い思いの場所に移動を始めていた。
散乱した物がほぼそのままだったので適当に端へかためて寄せる。
おれはそこでようやくノエルに背中からおろしてもらえた。
「二人とも、腹は?」
「…………減ってる」
「クッキー食べ損なっちゃったもんね……」
そういえばそうだった。
いろんなことがあって空腹を感じる暇なんてなかったけれど、言われてみれば確かにお腹は減っている。
エリックさんがぽんとノエルの背を叩いた。
「俺が何かもらってこよう」
「あ、お父さん、あたしが行くから」
「足は平気だ。お前は休んでろ」
「じゃあ一緒に行く」
短い会話をやりとりして離れていくリズとエリックさんを、おれもノエルもぼうっと無言で見送る。
とりあえずカウンターを背に床に座り込んだのは、ほぼ二人同時だった。
「……疲れたな」
「うん。ごめんな、背負わせて」
「いや、それは疲れてない」
「えぇ、嘘だろ」
「いや、別に体力的な疲れじゃなくて……、急に色々あったからさ」
「まぁ、確かに」
そのことについては、おれも反論はない。
「お前の方が、いろいろあったけどな」
「そう……かな」
自分の正体が不穏な感じになってきたのは、確かにいろいろあったことには入るかもしれない。
「本当に、思い出したわけじゃないんだ?」
「…………」
おれはなんとなく膝を抱えた。
「うん」
床を見つめながら答える。
「何も?」
「……うん」
それから、しばらく沈黙が続いた。