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第14話 みんな死ぬってことだから

 結局、ついてきたのは二十人ほどだった。

 地震の影響で道が悪かったこともあり、あっという間に日が沈んで今はもう辺りは薄暗い。


 舗装された石畳の至る所に亀裂が入っていて、その上にたくさんの瓦礫が散らばっているのだから、歩みが遅くなるのも当然だった。

 割れた窓ガラスや、建物から剥がれ落ちた壁材、商店が店先に出していた看板の類、倒れた街灯、地震の際に事故を起こしたのか乗り捨てられた術車や、持っては逃げられなかったらしい大きな荷物。


 中でも大変だったのは、魔物に襲われたらしい人たちの遺体だった。

 人が倒れているのを見つけるたびにじいちゃんはその息を確かめたけれど、結果的に道端に倒れている者で生存者はいなかった。

 亡くなっているのを確かめたあと、感染症予防のための最低限の処置をほどこした遺体は、両手でも数えられない数になっている。


「それでも思ったより、魔物の被害は少ないのかもな」


 おれとリズの少し前を歩くノエルが、特にこちらに顔を向けるでもなく、声をかけてきた。


「そうだね」


 答えたのはリズだ。


「もっとたくさんの人が襲われてるのかもって思ってたけど」

「まぁ、被害はたぶん、外壁近いところに多いんじゃないか。都市に入ってきてすぐ手当たり次第襲ったとしたら」

「そうかも」

「中心部までは入り込んできた魔物は少ないのかもしれない」

「そうだね、きっとそうだよ」


 二人の会話は、重い雰囲気の中、懸命に前向きな話題を探しているように聞こえた。


 おれたちの頭上には、何人かの魔法の得意な人が作り出した光の玉が浮かんでいる。

 おれが作った光はない。

 魔物と戦う術は分かっているという確信があるけれど、普通の人が扱える普通の魔法は、いまだ使えない……というか、思い出せていないままだ。


「ねぇ、この辺りには魔物があんまりいないなら、もうその辺りの建物で休憩で良くない?」


 歩いているみんなの疲労を感じ取ったリズがそんなことを言い出した。

 だがノエルは難しい顔をする。


「魔物が近くにいないかもってのは、俺たちがそうであってほしいって思ってるだけだろ」

「た、確かにそれはそうなんだけど……。家の窓とかふさいで立てこもってる人もいっぱいいるみだいだし」


 都市内への魔物の侵入は、どうやら広く広まっているようで、通りに出ている人の姿はほとんど見かけない。

 だけど、ほとんどの建物の割れた窓に板が打ち付けられているところから察するに、中心部への避難ではなく、立てこもりを選択した人が多いようだった。

 中には、立てこもっている友人や知人の家を見つけて、おれたちの移動から外れてそこに身を寄せる人もいた。

 だけど、身を寄せる場所がなく途方にくれている人たちの合流もちらほらあって、総数はあまり変わっていないようだった。


「まぁ、運が悪くなければそれでやり過ごせるかもしれない。襲われても、運が良ければ死なずに逃げられるかも」

「う……運か……」

「俺は運に任せたくない。あれは怖すぎる」


 リズはぷるっと震えた。

 さっきの恐怖体験を思い出したのだろう。


「でも、誰も外にいないのに、歩いてたら狙われるんじゃ? ねぇ? ルイ」

「あ、あぁ……うん」


 リズに話を振られて、おれはドキっとする。


 リズの言葉は大正解だった。

 まさに今、おれたちの背後に魔物が迫っているのを、おれはさっきからひしひしと感じていたりする。


 でもだからと言って、この人数で適当な建物に立てこもるのはおれも反対だ。

 そもそも入りきる建物がほとんどないし、おれだって一睡もしないわけにはいかない。どんなタイミングで魔物の襲撃があっても、おれが駆けつけるまで、誰も死なずに一定時間は踏ん張ってもらえる備えをする必要がある。

 それに道を歩いていて狙われる分にはおれが何とかできるのだから、この避難が誰も死なせないための最善策なのは間違いない。


「その、話なんだけど」


 タイミングもいいと思ったおれは話を切り出した。


「ん?」

「……あの、さ」

「どうした?」


 言い淀むおれに、ノエルは万全の受け入れ態勢で続きを促してくる。

 おれは思い切ってストレートに言うことにした。


「魔物が、後ろにいるんだけど」


 おれの言葉に、ノエルとリズはほぼ絶句するような形で沈黙し、立ち止まりそうになる。

 その二人の背中をおれは慌てて押した。


「立ち止まらないで歩いて。様子を窺ってきてるから、変な行動したら一気に襲ってくるかも」

「ほ、ほんとなのかっ?」

「ちょっとずつ集まってきてるみたいで……、おれたちを追ってきてる。数が集まったら、襲ってくるつもりだと思う……」

「……え、ま、待って、ルイ」

「そ、そんなことまで分かるのか?」

「うん……あはは」


 自分の変さに、自分で笑うしかない。


「じゃ、じゃあ戦う準備とか……いやその前に、そこらへんのでいいから、どこか建物に急いで避難を」

「ううん、いいよ、おれが片付けてくるから」

「いや待てルイ、一人じゃ駄目だ」

「一人がいいんだ」


 おれはハッキリと言った。


「戦い辛いから」

「あ、足手まといだっていうのかっ?」

「そう」


 ノエルの言葉を、真向から肯定する。

 ノエルも分かってはいたようで、苦虫を噛みつぶしたような顔をした。


「おまえ……」

「待って」


 リズが制止をかけてくる。


「もうすぐ中央政府区域(セントラルエリア)に着くわ。隠れられる建物だって……。そこには都警隊だっているかも」

「ううん。間に合わない。もう襲ってくると思う」

「でもまた倒れたりしたら!」

「それは祈ってて。倒れないように」

「祈るって……っ」

「おれが魔物倒しきる前に倒れたら、それはもう、おれだけじゃなくてみんな死ぬってことだから」

「……っ」

「戦い辛い方が、倒れる可能性高そうだし、本当に遠慮してもらった方がいい」


 我ながら、身も蓋もない言い方だとは思う。

 でもこれくらい言わないと、ノエルもリズも納得しないと思ったのだ。


「…………っ、あぁ、っくそ!」


 悔しそうに、ノエルは髪をぐしゃぐしゃとかきまわした。


「……どうした?」

「ノエル?」


 それに気付いたじいちゃんとエリックさんが声をかけてきた。

 おれたち三人は、誰からともなくその場に立ち止まる。


「みんな、こっちに集まって!」


 グループの全員に聞こえるように指示を叫ぶノエル。

 声をかけられて人々は立ち止まり、何事かと顔を見合わせた。


「…………」


 おれはもう何も言わずにノエルとリズのそばを離れ、後ろに向かう。

 おれたちの後ろを歩いていた人たちは、前から来るのがおれだと気付いて、さっと道を開けていく。

 怖がられているというより、恐れられているように感じる光景だった。


 頭上に浮かぶ光球の光が届かなくなる暗がりに立ち止まると、赤い目がぽつぽつと暗闇から浮かび上がっていく。


「随分集まったね」


 おれは自分の手の平に光を生み出した。


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