第11話 それはお前の気持ちだろ
気が付いたら、魔物を屠っている自分がいた。
圧縮した魔力を手にまとわせ、飛びかかってくる魔物たちに叩き込んでいく。
――焦るな! 落ち着くんだ!
脳裏でそんな声が聞こえた気がした。
おれが弾けさせた魔力に自身の存在力を相殺され、生身を維持できずに空気に霧散していく魔物たち。
現実の世界はちゃんと見えているが、別の光景が視界にちらつく。
光の奔流の中、両手を繋いでみんなで輪になっていたのに、左手が離れてしまった時の、身が投げ出されるような不安定な感覚。
残る右手の繋いだ手の先に目をやると、視界に乱れた金糸が紛れ込んだ。
それを辿っていった先で、瞳と視線が絡み合う。
(このまま、右の手も、離れたら)
凛と澄んだ色の瞳からは、何も読み取れない。
ただそれは……脳裏を掠める、甘い――とても抗いがたい、甘美な誘惑だった。
(いまなら、じこだ)
自分はそう、はっきり思った。
抗う意思はどれくらいあったのだろう。
再び襲ってきた引力に、繋いでいた手が離れた瞬間を、時が何倍にもなったような感覚で、はっきりと自覚する。
遠くに離れていった声。
光の奔流が遠ざかり、闇が背後から迫り、何も分からなくなる。
さっきまでこの右手にあったぬくもりが、どれだけ温かかったのか、もう思い出せない。
(……痛い)
全身が、痛みに悲鳴をあげる。
いつまでも思い出せない瞳の色が、ずっと自分を見つめている気がして――
***
辺りにいた全ての魔物を片付けてから、おれはふぅと息を吐いた。
そのまま空を仰ぐと、澄み渡った高い青空が広がっている。
さっきから何も変わらない、初夏の空色だ。
額から流れてきた汗を手の甲で拭い、もう一度辺りを見回したら、ノエルとリズと目があった。
「…………ぁ……」
二人は、呆然とした顔をしている。
「…………」
おれは今、何をした?
「………………」
言葉が何も、出てこない。
直前の記憶と、現実が、一致しなさすぎて、頭が真っ白になる。
魔物……魔物が出てきて……、いや出てくるのもありえないんだけど……。
それをおれは……
片っ端から倒した、ような……。
「あ……の……」
そんなことはありえない。
普通、ない。
いや、魔物を退治するような職業に就いている人だって普通にいるのは知っている。
学校でそう教えてもらった。
でも、いくらおれが過去何をしていたか分からない人間とはいえ、それは三年も前の話である。
実年齢が分からないとは言っても、三年前にそんな職業についているわけない年齢だったのは確実なはずだ。
だいたい、おれは、魔法が使えなかったんじゃなかったっけ?
いや、さっきの純粋な魔力の塊を叩き込んでただけの技を魔法と呼んでしまっていいのか疑問だけれど。
「……こ、わ」
自分で自分が怖すぎて、思わずそんな感想が口をついて出てしまう。
「ルイ……」
ノエルに声をかけられる。
おれは思わずびくりとしてしまった。
怖い。
何を言われるか分からない。
自分でも自分が怖いのに、ノエルたちがおれのことを気味悪がらないわけがない。
「お前……」
「な……に……」
「記憶、戻ったのか……?」
「…………」
そう言われてみれば、その可能性もあった。
使えないはずの魔法……というか、魔力が使えて、魔物を倒してみせたのだから、過去を思い出してそうなったと考えるのが一番自然である。
だけど、おれの記憶は変わらず三年前以降しかない。
「……戻って、ないみたい」
「あぁ……そうなの」
ノエルの回答は、なんだか脱力気味である。
「……ていうか、そんな特技……あったんだ、な……」
「と、くぎ……?」
魔物を倒せたことが?
「ってか、魔法……使えたじゃん。……呪文、唱えてなかった、っぽいけど……」
「………………」
ノエルが途切れ途切れに言葉を紡いでいるのに気が付いて、おれは居たたまれなくなった。
おれの得体の知れなさを怖く思っているのを、悟られまいとしているとしか思えない。
「ごめん……ごめん……」
そんな優しさを貰っていいわけがない。
「え……、何の謝罪……?」
だけどノエルの反応は、俺の想定とはどこかズレている。
「もしかして、魔法使えたのに……使えないと思い込んでたこと謝ってる……?」
「え、いや……」
まぁ、大きな意味ではそれもあるけど。
「魔法使えてたら、基礎魔術の授業で毎度説教タイム始まるの、回避できてたのにとか……そういうこと……?」
「いや、ちがくて……」
そういう次元の話ではないはず。
「おれ、え……得体が知れなくて……」
「得体……?」
「怖いよな……」
「え」
「だってこんなの……普通じゃないだろ……」
「いやでも……、お前が普通じゃないから助かったしいいじゃん……」
「…………」
ノエルの物言いにおれは返す言葉を失った。
普通じゃないのは認められつつも、それを否定されなかったのは、おれにとって衝撃だった。
おれは自分で自分がこんなに怖いのに、ノエルはそうじゃないとでも言うのだろうか。
「気味とか……悪くない?」
「……それはお前の気持ちだろ」
「え」
ノエルは突然、そのまま地面にひっくり返った。
「ノエル!?」
慌てて駆け寄ったら、ノエルは肩を上下させて……力なく笑っていた。
「ど、どうし……」
「どうしたもこうしたもあるかぁ」
ノエルは息を小刻みに吐きながらそう言葉を絞り出す。
「絶対……、もう死んだと思った……」
「ノエル……」
「ちょっと、心臓が落ち着くまで待ってくれ……」
「ルイ!」
今度は突然、リズがおれに突撃してきた。
「ルイ! ルイィ……!」
「リ、リズ……っ」
リズはおれの服に顔をうずめるように抱き着いてくる。
「リズ……?」
「生きてる……生きてるよね……っ? 怪我は……っ!?」
「い、生きてるよ。怪我もない……」
「もう……っ、もうほんと……! 駄目だと思った……!!」
「うん」
「みんな死んじゃうと思った……!!」
「うん……」
「ありがとうルイ……!」
「…………」
こっちのセリフだと、思った。
「ルイ、助けてくれてありがとう……!」
「…………うん」
ありがとうは、おれがずっと思っていることだ。
どこの誰かも分からない、身元も分からないおれを、受け入れてくれて、仲良くしてくれて。
そして今も、怖がられて拒否されてもおかしくないのに、こうやって普通に接してくれて。
感謝してもしきれない。
「……良かった」
おれは得体が知れないかもしれないけど、でもそれでも、リズやノエルたちを助けられて良かった。
本当に良かった。