第99話 復讐してやるんだ
「ル……っ」
壊された魔蓄機を見てサラは言葉を失ったようだった。
そしてそのままその場にへたり込む。
その後に続いて走りこんできたイリヤは、同じくそれを目にして顔を歪め、唇を噛み締めて術車の外へと踵を返した。
追いついてきたジュリが詳細を尋ねる声が聞こえてくる。
イリヤはそれに無言で首を振ったらしかった。
そんな、と呟くジュリの声と、最後に戻ってきた警護屋さん二人の憤りの声がする。
「……ル、イ」
リズがの声に、おれは少し間をあけて、振り返った。
「まぁ、一度は覚悟した事だし……」
だいじょうぶ、と唇は動いたが、声が言葉に乗らなかった。
力が抜けて、ふらふらとその場に座り込んでしまう。
「ルイっ」
「お前っ」
弾かれたようにリズとノエルが駆け寄ってくるのを、おれは片手をあげて平気だと制した。
「……いや、うん。……ごめん、壊しちゃって……、せっかく……みんなが、用意してくれたのに……」
「ば、……っかやろ!」
ノエルは掠れそうな声で怒鳴ってくる。
「…………ぁ、は」
大丈夫と示すためについ条件反射で笑おうとしてしまい、さすがにそんな場合ではないかと思い直した結果、変に引きつった顔になる。
その一連の表情変化をノエルに見られて、心情も全部分かられたうえで言葉にならない顔をされ、おれはもう、取り繕うことをやめた。
自分で壊した魔蓄機に、ゆっくりと視線を向ける。
「……あーぁ」
気が付いたらため息混じりの声が漏れていた。
「………………あーぁ……」
二度目のため息は消えかけだった。
「ルイ、他に、方法……」
ノエルが、震える声でそう話しかけてくる。
「っ、そうだ! どっかでまた魔蓄機を手に入れればいい……! この先にもまだ大きい街はあるっ、魔蓄機を設置してる建物だってあるさ!」
「……いや、いいよ、もう」
「いいって、なんでだよ!」
「同じことをしても、また壊せって、誰かを人質にされるから……」
今回はナタリアを人質にされたけど、次はじいちゃんやエリックさんかもしれない。
「そ、れは……」
「知られた時点で、この作戦はもう無理だ……」
「……ル」
「いつ気付かれたんだろうな……。決戦前は不用意に接触してこないと思ってたのに」
下手に直接戦闘を行えば、そこで中途半端な最終決戦が始まる可能性がある。
おれはもちろん、どうやら兄さんもそれは本意じゃないようなので、様子を見に来ることがあるとは思っていなかった。
修道院で待ち構えながら、前回のように何度か魔物を放ってくるだけだと思っていたのだ。
「……あぁ、もう」
衣擦れの音と共に、シオが荷台の方へと姿を現した。
「シオ……なんで、説得なんか」
おれはシオを見上げ、そう尋ねた。
どう考えても、説得が通じる相手なわけはない。
「……いつから聞いていたんだ?」
「これ」
こっちに向かうにあたってエリックさんから借り受けた飛空伝信の携帯用術機を目の前に掲げる。
「こっちの方でも通信拾えたんだ。出せる信号波が弱いから、そっちには割り込めなかったけど」
「……そうか」
「まさか本当に説得するつもりで……?」
「…………分からない」
小さな声で答えたシオは、壁に付いた手を握り締める。
「……兄さんと話したかったって、何を?」
術機から聞こえてきたシオの声は、兄さんに話す機会をくれと言っていた。
いったい、今さら何の話があるというのか。
「…………」
「シオ?」
「こんな風になることを、ティアナさんは望んでなかったはずだ」
「ティアナって……母さん?」
おれが生まれたときに死んだそうだから、あまり耳にする機会もなく耳馴染みはない名前だったが、それが母さんの名前であるという知識はあった。
「シオって母さんの知り合いだったの……?」
「……あぁ」
「望んでなかったって、何を……?」
「お前たちが、殺しあうことをだ……」
「………………」
眉間にしわが寄ったのを自覚した。
「おれを……兄さんを殺せるように産んでおいて?」
「逆なんだ……。スティアと対等に支えあえるように、お前を産んだんだ」
「は……、物は言いようだね」
思わず笑いがこみ上げてきそうになる。
「何が対等だよ。何もかも、全部兄さんのためじゃないか。兄さんを死なせないため。兄さんを生かすため」
「ルイ、そんな風に考えるのはよせ」
「おれを産むのと引き換えにして、教会に精霊の盟約まで結ばせたくせに。兄さんが人に敵対行動を取らない限りは殺さずに保護するって。でもおれのためには何も願いを残さなかった」
「…………」
おれの言葉にシオは返す言葉がなかったらしい。
ぐっと唇をかみしめたのを見て、おれは止まらなくなった。
「確かに殺し合いになることを望んではなかったと思うよ。母さんは兄さんを生かすためにおれを産んだんだから」
「そ……そう、だ」
もう止められない。
「だからこうなった今でも、母さんはきっと、おれより兄さんに生き残ってほしいって思ってるかもね」
「……アスカ」
愕然とした表情のシオなんて、滅多に見れない気がする。
「だから、おれだけ死んで兄さんが生き残るなんて絶対させない。母さんの思い通りに兄さんを生き残らせるなんて絶対許すもんか。おれは、おれをこんな風に産んだ母さんに、生かしたかった兄さんを殺すことで復讐してやるんだ」