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第9話 平気な人間なんていない

「お父さん!? 大丈夫!? どこ!?」


 店の方へ辿りつくと、リズはエリックさんを探して声を張り上げた。

 店の中もキッチン同様、酷い有様である。

 横倒しになった商品棚で床はほぼ全てが覆われていた。


「……リズ、か?」


 しかし幸いにも、エリックさんの声が聞こえてきたのは商品棚の下からではなく、カウンターの中からだった。


「お父さん!」

「うぉっと! 待て! 足をやられた、抱きつかんでくれ」

「ええっ!」


 床に、カウンターにあった金属製のレジが転がっている。

 レジのあった場所には商品棚が倒れこんでいた。


「リズ、場所かわって。……おじさん、骨までいってそう?」


 ノエルは冷静に状況を判断してエリックさんの足を診はじめる。血は出ていなかったが、皮膚の色が変色し、すでに腫れてきている。


「たぶん……。足が全く動かん」

「応急処置だけするよ。魔術具がないから時間をかけなきゃ骨は繋げなくて」

「いや十分だ。ありがとう……」


 エリックさんの治療はノエルに任せるにしても、出口までの道のりはおれたちで何とかしなくてはならない。

 商品棚や落ちている物を脇にどかしはじめたおれを、リズは手伝ってくれる。

 幸い、動かせないような状態で引っかかっているものもなく、出口までの動線はすぐに確保ができた。


「ノエル、おれ、先行ってじいちゃん見てくる」


 後ろを振り返ってノエルにそう声をかけると、レジカウンターから了解のハンドサインが返ってくる。


 おれはそれを確認すると、ドアが吹き飛ばされて金属性のドア枠が少しひしゃげた出入り口を抜け、隣の自宅兼診療所に向かった。窓ガラスはすべて割れている。


「じいちゃんっ、無事!?」


 診療所のドアは吹き飛ばされずに無事に残っていた。

 開けようとするもドアノブが回らず、診療時間外の為に鍵がかかっていることを思い出す。


「……っ」


 勝手口に回った方が早いと、ドアノブから手を離した直後だった。

 ドアノブからがちゃがちゃと音が聞こえ、すっと開いたドアからじいちゃんが姿を現わした。


「じいちゃん!」

「ルイか。ノエルは? 隣は無事か?」


 中から出てきたじいちゃんの口調はしっかりしている。怪我らしいものはないらしい。


「ノエルがちょっと怪我したけど自分で応急呪文したみたい。今おじさんが足折ったみたいで診てる」

「そうか、とにかく外に出るぞ。中は足の踏み場がない」

「あぁ、うん」


 隣の感じを見るに、診療所の中も似たようなものなんだろう。


「かなり揺れたな」

「……地震、ってやつかな?」


 おれは過去に地震を経験した覚えがない。

 記憶が三年分しかないのだから当然である。

 それでも、これがそうなんだとは何となく分かった。


「あぁ、ここまで揺れたのはわしも初めて経験したがな。この辺りがこんなに揺れるとは知らなんだ」

「こんな……、家壊れたりするもんなんだ……」

「ああ。酷いな……」


 辺りを見回すじいちゃんの視線につられて、おれも初めて周囲を見渡した。

 幸いなことに、完全に壊れている建物はほとんど無さそうだった。

 けれど窓ガラスはほとんどの建物で割れているし、隣みたいにドアも吹き飛んでいるものや外壁が崩れ落ちている建物も多い。


 呆然と立ちすくんでいる人や座り込んでいる人、慌てたように駆けていく人。

 あちこちに土煙が舞い上がり、通りは瓦礫や地割れなどで酷い有様だった。

 どこかの店先に置かれていたらしい鉢植えや、夜になると点く街灯の覆いガラスもいくつか割れているのが見えた。


「……怪我した人、いっぱいいそうだ」

「忙しくなるな……。おぉ、エリックさん! 無事だったか!」


 ノエルとリズに左右を支えられて隣からエリックさんが出てくる。

 じいちゃんはエリックさんに駆け寄ってその場に座るよう指示を出し、足の治療をノエルから引き継いだ。

 役目を終えたノエルはおれの方へとやってくる。


「酷い揺れだったな」

「うん。びっくりした」

「怪我した人の受け入れ準備しなきゃだ」

「ノエルは怪我もう大丈夫なのか?」

「あぁ、平気だ」


 ノエルと話していると、エリックさんの元から離れたリズがふらりと近付いてきた。 


「リズ……?」

「……ごめん、ごめんね……」


 リズは泣いていた。


「なんか、止まんないの……」

「そりゃそうだろ」


 どうしていいか分からなくて言葉に詰まったおれとは真逆に、ノエルはさらっとそう言ってリズを抱きしめた。

 リズはノエルの服の胸元を掴んで顔をうずめ、小さくしゃくりあげ始める。


「……大丈夫。大丈夫だ」


 おれはその様子を黙って見ているしかできない。

 すると、ノエルがぱっと顔をあげ、片腕をおれに向かって伸ばしてきた。


「え、ちょ」

「お前も来い」

「わっ」


 リズと一緒くたに抱きしめられて、初めて気が付く。


 肩を震わせて泣くリズと同じように、ノエルの腕も、かすかに震えていた。


「…………」


 平気な人間なんていない。


 そう思えると、ちょっと気持ちが楽になった気がした。



「怪我人が多そうだから大通りの広場へ移動するぞ」


 エリックさんの治療を追えたらしいじいちゃんからそう声がかかった。

 団子になっていたおれたちはそれぞれ一歩引いていつもの距離に戻る。 


 通りに怪我人がちらほら集まりだしていた。

 治療や薬を求めて来ているのは明らかだ。


「確かに。中は治療どころじゃないな」


 開けっ放しの診療所のドアから中を覗きながらノエルは言う。


「術具は?」

「中で散らばっとる。お前、人を誘導しろ。使えそうな術具をかき集めたらわしも行く」

「分かった」

「ルイ、何か紙でも板でも適当に使って看板を出してくれ。治療は広場でやるってな」

「うん」


 じいちゃんの指示にそれぞれが動こうとした時だった。


 ――――きゃぁあああっ


「えっ」

「何!?」


 遠くであがった悲鳴に、付近にいた全員が声のした方を振り返った。



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