プロローグ ★(表紙有)
おれは魔法が使えない。
ずっとそう思ってきた。
魔力ゼロなんて普通ありえないのに、どう頑張っても魔法が発動せず、学校では先生に怒鳴られ続けて、おれは自分で自分を落ちこぼれだと思っていた。
だから、おれは今、困惑している。
都市の中にいきなり現れた、こんなところにいるはずのない魔物の群れを、なぜか片っ端から狩りつくしていっている自分自身に。
意味が分からなさすぎだと思う。
百歩譲って本当は魔力もあって、実は魔法を使えたのだとしても。
それでも魔物を倒せるっておかしくないだろうか?
ギラついた赤い目と、剥き出しの鋭い牙を持った、狼のような体の真っ黒い魔物たち。
おれが魔法を使えていたとしても、そんなものを倒す魔法なんて、学校で習ったことはないはずだ。
というかおれは今、魔法を使っているというより、手にまとわせた魔力を魔物に叩き込んで倒しているので、魔法を使っているとも言えないかもしれない。
こんな倒し方をおれはいつ学んだのか。
おれの後ろで、おれが魔物を殺し尽くしていくのを見ている家族や友達は、おれのことをどんな目で見ているのか。
商店街の大通り、魔物たちに襲われて血を流す人たちが、恐怖に染まった視線を向けてきているのが視界の端に見える。
その瞳が映しているのが魔物なのか、おれなのか、はっきりとは分からない。
色んな事を考えながら魔物を屠り続けていると、答えの出ない思考に対して、諦めが勝つようになってくる。
ほとんど無心で魔物たちを片付けていく段階になって、おれは、心のどこかにいた冷静な自分を自覚した。
魔物を殲滅するという作業を繰り返していくうちに、脳裏に浮かび上がってくる思考のようなもの。
もうやめよう。
誰かがそう言ってくれるのを、ずっと待っていた気がする。
言って欲しかった。
死ななくていい。未来を望んでいいと。
生きていていいと。
(……誰にも、言ってもらえなかった)
この痛みが、どこから来るのかが分からない。
(言ってもらえてないのに、逃げ出してしまった……)
そんな、遠い遠い過去の記憶……。
***
「ちょっと……っ、ねぇ君!?」
全身の痛みにもがいていたら、誰かから声をかけられる。
「ひどい怪我……!」
足音が近付いてくるのが聞こえた。
地面は、硬い石畳で……血だまりができている。
(自分の血……?)
「何があったの!? しっかりして!」
女の子の声がする。
足音がもうひとつ増えた。
「おい、どうした大声出して――わっ、どうしたんだそいつ!?」
「分からないの、倒れてて、ひどい怪我を……っ」
「おい、どうしたんだ!? 何があった!? 聞こえるか!? 名前は!? 名前は言えるか!?」
耳から聞こえてくる声や音は鮮明なのに、それ以外の感覚が急に真っ黒になっていく。
遠のいていく意識の中、脳裏に無言の瞳が浮かび上がった。
(……何か、言いたげだった)
あの瞳の色は、いったい何を思っていたのだろう。
何を言いたかったのか。
それとも、何か言いたがっていると思ったこと自体が間違っていたのか。
「ぅっ、けほっ」
息が苦しい。
口の中に血の味がしたのなんて、いつぶりだろう。
「っ、応急呪文じゃなきゃ間に合わない! 俺がやる、じいちゃんを呼んできてくれ!」
「う、うん……!!」
ばたばたと去っていく足音。
聞いたことのない、呪文の羅列。
(ここはどこだろう? あいつは、どこにいるんだろう?)
とりとめのない思考が頭を支配していく。
いつの間にか、ふと伸ばしていた手を、握られたのが分かった。
(手……)
この手を離したのは、誰からだった?
25/4/21 加筆修正しました。
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