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53 愛する聖女(アデル視点)

 ボロボロの状態で瀕死の聖女エアリスをユーデリックが拾ってきた時にはどういうことかと目を疑った。目覚めた本人に聞けば、王国に捨てられたという。

 そんな聖女を、最初は面白いおもちゃが手に入った程度にしか思っていなかった。ちょっとからかっただけで色々な表情を見せる聖女エアリス。退屈しのぎになる、それにこの聖女がいれば王国との闘いにも有利に働くかもしれない。

 そう思っていたはずなのに、日を追うごとにエアリスに惹かれていく。自分だけでなく、異母兄弟のカイまでエアリスを気に入った時にはなぜかはらわたが煮えくり返り、カイがエアリスに触れたことが嫌で嫌でたまらなかった。


(この気持ちはなんだ?)


 他人に、ましてや異性に興味を持つことなど今まで一度もなかった。全てにおいてどうでもいい、ただ自分は魔王として存在してその責務を全うすればいいだけだ、そう思って生きてきた。

 それなのに、エアリスと一緒にいるだけでなぜか高揚する。エアリスが喜ぶと心が弾み、エアリスが悲しいと自分の心までえぐられるかのようだった。

 

 エアリスが他の人間を、他の男をほめると苦しい。他の男のことで嬉しそうに微笑んでいるとそれだけで胸が焼け焦げるようだ。俺だけを見ていればいいのに、俺のことだけを思ってくれればいいのに、そう思ってしまう。今まで何にも感情を揺さぶたれたことのなかった俺の心が、激しく揺れ動いている。そのことが俺を戸惑わせた。



「それは、アデル様がきっと聖女を愛おしく思っているということでしょうね」

「愛おしい……?」


 自分の気持ちの正体がわからず、ある時ユーデリックに聞いてみた。すると、不思議なことを言われたのだ。


「アデル様はあの聖女に恋をしてらっしゃるんですよ。……まさか、何にも興味を示すことのないアデル様が、聖女を好きになるとは」


 複雑そうな、でも嬉しそうな顔でユーデリックは微笑んでいる。


「恋……」


 魔王である自分が、人間の、ましてや聖女に恋をするなんて、あり得るのだろうか。だが、この心臓が、心が、体が、聖女エアリスに惹かれどうしようもなく奪われていることを証明している。


 王国にいる頃よりもここにいる方が居心地がいいと言って嬉しそうに笑う顔も、国王に酷い扱いを受けて国民に石を投げつけられても、それでも民のために聖女としてできることは何かと思い悩む姿も、俺のことを優しい人だと言ってくれるその口も、俺を見つめるキラキラとした宝石のような美しい瞳も、どれもこれもが愛おしくてたまらない。


 失いたくないと思った。生まれてはじめて他人に対して、死んでほしくない、ずっと一緒にいてほしいと心の底から思ったのだ。

 そして、俺が死なせたくないと思ったせいで人間から魔族になってしまったのに、責めるどころか助けてくれたお礼を言ってきたのだ。同じ時間の流れで一緒に生きていけるのだと嬉しそうに喜ぶ姿を見て、本当にもうどうしようもなくなってしまった。





 この溢れんばかりの思いを全身でぶつけていると、いつの間にかエアリスは気を失ってしまっていた。事を終わらせてエアリスを優しく寝かせると、俺は隣に静かに滑り込んだ。

 先ほどまでの姿とは打って変わって、可愛らしい寝顔で静かに寝息を立てている。エアリスの寝顔を見ながら優しく髪を撫でていると、自分が驚くほどの多幸感に包まれているのがわかる。


「お前は本当に底知れぬ女だ。俺にこんな感情があるのだと教えてくれたのはお前だけだ」


 起こさないようにそっと優しく口づけて、俺も静かに目を閉じた。



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