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魔王アデルに拾われて魔王城で過ごすようになってから二か月が経った。魔王城ではみんな優しくしてくれるし、森で出会う魔獣たちも懐きやすく大人しい魔獣たちばかりだ。戦ったことのある魔獣もちらほら見かけるけど、みんな友好的ですぐに仲良くなれた。
こうして何の不自由なく暮らせているのは、きっとアデルのおかげなんだろう。そのうち何かお礼でもしなくちゃ。
そんなことを考えながら森の中を散策していたら、歩く先に白い塊が見える。なんだろうと近寄ってみると、白銀色の狼が足から血を流して倒れていた。苦しそうにうなっている。大変、手当てしてあげないと!
治癒魔法で足を治してあげると、白銀の狼は体をおこして私の顔をまじまじと見た。それから、しっぽを盛大に振って急に飛び乗ってきた!やだ、くすぐったい、顔をぺろぺろと舐められている。
「助けたお礼をしてくれているの?怪我が治ってよかったわね」
嬉しくなって狼を撫でてあげる。毛並みがふわふわで美しく触り心地がとてもいい。ずっと撫でていたいかも、なんて思っていたら、狼は突然何かに気づいたように私から離れて走り出した。
あれ、いなくなっちゃった。でもあれだけ走れるなら大丈夫ね、よかったよかった。
「ここで何をしている」
急に声がしてびっくりした!地面に横たわりながら声のする方に視線を向けると、そこにはアデルがいた。うわ、なんだか機嫌がとても悪そう。どうしたのかな?そんなことよりも神出鬼没すぎる。
「えっと、怪我をした白銀色の狼がいたから治療してあげたら、すごく感謝されて」
「白銀色の狼……まさか馬乗りにされたのか」
「え?あぁ、まぁ、うん。それで顔をすごい舐められたけど、犬科の動物ならよくあることよね。あ、でもここにいたってことは、あれは狼じゃなくて魔獣なのかしら?」
上半身を起こしながらそう言うと、アデルは私の前にまたがって腰を下ろした。へ?なんで?不思議に思っていると、そのまま私を押し倒してくる。はい?一体何が起こってるの?
驚きのあまりアデルの顔を凝視していると、そのままアデルの顔が近づいてきた。
「!」
アデルの唇が、私の唇に重なる。え?何?何が起こってるの?唇が離れると、アデルは顔を離してから私の頬に顔を近づけてきた。そしてそのまま……。
「いっっったああああああああ」
私は絶叫した。なぜなら、アデルが私の頬にガブッと嚙みついたから!本当に、ガブッと。
は?なんで?なんで私は頬を噛みつかれたの……?
啞然としていると、アデルは私を見下ろして私の頬を撫でている。そして満足そうにふん、と鼻で笑った。
この魔王の考えていることがさっぱりわからない。
◇
「それで、頬にそんな噛み跡がついてるんですか」
近くにいるユーデリックさんがあきれたように言った。あのあと、魔王城に戻ってきてからアデルはなぜか私の側から離れない。ソファに座っているけど、アデルは密着するように座って私の背中に腕を回して私を抱え込んでいる。何これ?
「急すぎてびっくりしたんですよ!一体どういうつもりで……」
ユーデリックさんに言ってからチラリとアデルをみると、アデルはまだ不機嫌そうだ。森にいたときから機嫌が悪そうだし、一体どうしたんだろう。
「お気に入りに手を出されたので気に食わなかったのでしょう」
なんてことは無いという顔でユーベリックさんが言うけれど、お気に入り?どういうこと?
「ユーデリック、領地内に躾のなっていない狼が紛れ込んだようだが、どういうことだ」
「申し訳ありません。把握はしているのですが逃げ足が速くて」
「俺のことか?」
突然どこからともなく声がして、そこに在るはずのない姿が現れていた。白銀の長い髪の毛を一つに束ねた、綺麗な顔立ちの男性。ニッと笑うその口元からは犬歯が見える。
「貴様、よくものうのうと」
チッとアデルが舌打ちをしてその男性を見ると、男性は嬉しそうに笑っている。
「よう、アデル。元気そうだな。お、先ほどはどうもありがとうな」
アデルに挨拶してから、手をひらひらとさせて私に笑顔を向けてくる。先ほど、ってどういうことだろう?初対面なはずだけど……。
「って、その顔!すごいな、アデルに嚙みつかれたのか?くくく、ずいぶんとお気に入りなんだな」
「お前、一体何しに来た」
「いや、魔王アデルが人間の女性、しかも聖女を拾って飼っているって聞いたから見に来たんだよ、楽しそうだろ」
飼ってるって、私はペットですか。いや、拾われた身なので文句はいいませんけども。
「別に飼ってるわけじゃない、これは大事な戦力だ」
「そんなにべったり密着して俺に牽制までしてるくせに良く言うよ」
この二人、ずいぶんと気さくに話をしているけれど、お友達なのだろうか?
「お二人は異母兄弟です」
「おれはカイ、一応アデルの弟だ」
ユーデリックさんが説明してくれると、カイさんはそう言ってよろしくな、と笑う。なるほど、異母兄弟。魔王にも兄弟というものが存在したのね。




