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「何が馬鹿だって?……っておい、なんて顔してんだよ」
声がして振り向くとカイさんがいて、私の顔を見て一気に眉間に皺を寄せた。
「えっ、……なんか変な顔してました?やだなぁ」
ははは、と顔を手で隠すようにして無理矢理笑顔を作ると、その手をカイさんに急に掴まれる。
「エアリスはそんな悲しそうな笑顔しないだろ。エアリスの本当の笑顔はもっと優しくて柔らかくて温かい笑顔だ。一体何があった?アデルに何かされたのか?」
手首を捕まれたまま顔を覗き込まれる。そこにはものすごく真剣で心配そうな顔をしたカイさんがいた。
だめだ、今優しくされると余計辛くなってしまう。
「おい、何をしている。その手を今すぐ離せ」
また急に声がして、いつの間にか近くにアデルがいた。アデルのすぐ後ろにはさっきの女性と子供がいる。
「おい、アデル、お前エアリスに一体何をした?……って、ディーとルカ!」
後ろの女性と子供を見て、カイさんが驚いた顔をする。カイさんも知り合い?って、アデルの奥さんと子供ならカイさんが知ってても当たり前だ。
「いつまで掴んでいる、いい加減に手を離せ」
ぐいっとカイさんの手首を掴み、私から離すとアデルは私を心配そうに見た。
「大丈夫か、何か変なことはされていないか?」
そう言って、アデルは私の肩に触ろうとしたけど、私は思わずそれを避けてしまう。
「!」
避けられたアデルはショックを受けたような顔をしている。私のせいなのにアデルのそんな辛そうな顔を見てられなくて、思わず目を背けてしまった。
「本当にお前、一体何をしたんだよ」
腰に手を当てて呆れたように言うカイさんだけど、その声は届いていないようでアデルは地面を見つめ固まったままだ。
「パパ〜!」
そう言って、男の子がアデルの方へ駆け寄ってきた。ああ、やっぱりアデルの子供なんだ、そう思って胸が苦しくなる。
だけど、男の子はアデルの元へたどり着く前にカイさんの足元へやってきた。あれ?
「おう!ルカ、元気にしてたか?」
男の子をひょいっと抱き上げ、嬉しそうに話しかける。あれれ?そういえばなんか二人ともすごく似てる……?
「珍しいな、お前たちが魔王城に来るなんて」
「あなたが魔王城に遊びに行ってくるって言ってから中々戻ってこないから、心配になって来たのよ。それにお義父さまに言われたのよ、転生者の件で兄弟揃って忙しいだろうから顔でも見せてやれって」
女性がそう言ってカイさんの近くまで歩いてくる。カイさんは片手に男の子を抱えたままもう片方の手で女性の腰に手を回した。
「えっと、あれ?」
「ああ、エアリスは初めましてだったな。こいつは俺の奥さんのディー。こっちは子供のルカだ」
カイさんの、奥さんと子供……?!
「そんなことより、アデルとエアリスは一体何があったんだ?」
私が呆然としていると、カイさんがルカくんを地面に降ろして私とアデルを交互に見る。アデルも私を見ながら相変わらず悲しそうな顔をしていた。
「えっ、あの、えっと……てっきり、アデルの奥さんと子供だと思って……」
「はあ?」
「なんで?」
アデルとカイさんが同時に疑問を口にして、二人とも信じられないようなものを見る顔で私を見てる。
私がわたわたわと返答に困っていると、カイさんが何かに気づいていたディーさんを睨んだ。
「お前、まさかエアリスにわざと勘違いさせるようなことしたのか?」
「……だって、何にも感情を動かさないあの魔王アデルが人間の女にぞっこんだって聞いたのよ。どんな女か気になるし、ちょっとからかってみたくなるじゃない。それに」
ディーさんは唇を尖らせてカイさんに言い寄った。
「あなただってこの女に気に入ったとか三人でヤラせろとか言ったって聞いたわよ!」
「どこでそんなこと……お前だって、この間他の男に言い寄られてまんざらでもない対応してたって聞いたぞ!」
「それは……私が魅力的なんだから仕方ないでしょ!」
ワイワイと突然口喧嘩が始まった。アデルは顔を顰めて二人を睨んでいる。なんだろう、これ、よくわからないけど止めた方がいい気がする。でもどうやって止めれば……。
「ねぇ!」
カイさんとディーさんの足元で、ルカくんが二人を見上げて大きな声を出した。そして、二人の手をとって握りしめる。
「喧嘩、やめよう……?僕、悲しいよ。みんな仲良しがいい」




