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「何をそんなに怒っているんだ」
城に戻ってきてアデルの部屋に連れてこられた私は、ソファに座って黙り込んでいた。アデルがそう言って私の顔を見つめる。
「別に、怒ってるわけじゃないけど。あんなにしおらしかったのに急にキスしてくるなんてひどいじゃない!しかも、あんな、あんな……」
あまりにも熱烈なキスで思い出しただけでまた顔が熱くなる。両手で顔を覆っていると、クスクスとアデルの笑い声がする。
「お前は本当に可愛らしいな。本気で閉じ込めてしまいたくなる」
笑っていたかと思うと、急に真剣な顔で見つめてきた。ゾクリとするほどの鋭い瞳。
「……どうしてアデルはそんなに私にその、執着するの?そこまであなたに思われるなんて思いもしなかったのだけど」
首をかしげてそう言うと、アデルはむかえに座っていたソファから立ち上がり、私の横に座った。
「お前と初めて会った時のことを覚えているか?」
「私が聖女になって初めて戦場に出た日のこと?」
「どんな聖女かと思って戦場に足を運んで見れば、お前は敵も味方も関係なくひたすら治癒魔法をかけていただろう。そして、王国の連中に怒られていた」
見られてたんだ?!ちょっと恥ずかしい。とにかく傷ついている兵士も魔獣も見ていられなくて、手当たり次第に治癒魔法をかけてたらさすがに怒られてしまったのだ。
「怒られてからふらふらと一人で戦況から離れ、何をしにいったのかと思えば、親の魔獣とはぐれた子供の魔獣を見つけていただろう。親の魔獣を探して威嚇されてもひくことなく、子供の魔獣を返してあげていた」
「親の魔獣は最初私に子供が連れさらわれたと勘違いしてたけど、子供の魔獣が私に懐いてくれてたからすぐに誤解は解けたの。あの時は見つかって本当にホッとしたわ」
あの時のことを思い出して嬉しくなり、つい頬が緩んでしまう。アデルはそんな私を見て優しく微笑んでいた。
「敵の魔獣に優しくするなんて、随分とおかしな聖女だと思った。その後も、戦場で見かけるたびに王国側も魔族側も被害が少なくなるような戦い方をしていて驚いたものだ。そして、妙に気になった」
そんな風に思ってくれてたんだ。なんだか意外だしこそばゆい。
「そんなお前が、突然森の中で死にそうになっていたんだぞ。話を聞けば王国に捨てられたなどと言う。それなのに、王国に対して恨み言を言うでもなく、ここで過ごすのが心地よいとまで言い出した。出会う者皆がお前に惹かれ、慕う」
そう言って、アデルは私の手を取ってぎゅ、と握りしめた。
「最初はからかう程度のつもりだったが、他人を思い何事にも一生懸命なお前から、いつの間にか目が離せなくなっていた。いつの間にか、お前を独り占めしたいと思うほどになっていた。こんな気持ちになるのはお前だけだ」
アデルはそう言いながら私の手を取って甲にキスをする。
「これが俺のお前に対する気持ちだ。わかったか?」
「う、うん、わかった」
自分から聞きたいといったくせに、いざ聞くとなんだか恥ずかしい。俯いて気持ちを落ち着かせていると、アデルがまた手を握りしめる。
「お前の気持ちはどうなんだ?お前は、俺をどう思っている」
じっと真剣に見つめられ、そう聞かれてしまうけれど、言葉に詰まる。私は、アデルのことをどう思っているのだろう?
からかわれているだけだと思っていたけど、いつの間にか本気で私に執着しているアデル。嫌な気持ちはしないし、なんなら嬉しいとさえ思える。この気持ちは、一体何?
「私は……」
口を開きかけた時、ドアがバン!!と勢いよく開いた。
「アデル〜!」
突然、部屋に小さな子供が入ってきてアデルに駆け寄ってきた。そして、アデルに抱きつく。
わあ、とても可愛らしい子供……って、え、子供?




