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ファウス様が魔王城を訪れてから数日後、今度は勇者アルテリウスが魔王城にやってきた。
「来たか」
「久しぶりだな、魔王アデル。それに、エアリスも元気そうで何よりだ」
明るい茶髪にミモザ色の瞳、一見細身だけど体つきはしっかりしている。人懐っこい笑顔を向けるその人こそ、過去にアデルと刃を交え、その後話し合いで和解した勇者アルテリウスだ。魔王と和解したせいで戦好きだった当時の国王に嫌われ国を追放されたのだけれど、本人は気にせず自分の人生を謳歌しているようだ。
「アルテリウス、あなたも無事でよかった」
久々の再会に嬉しくてアルテリウスに笑顔を向けると、アデルがなぜか私の前に立った。せっかくアルテリウスと話ができると思ったのに、どうして邪魔するのかしら。
「それで、ここに来たということは、魔王の力をギフトに持つ転生者のことだろうな」
「その通り。ファウス様からも聞いているだろうけど、その男が俺のところに突然やってきて攻撃してきた」
アルテリウスの住む街は王国の隣の国にある小さな街だ。小さいと言っても街の中には住人がいる。それなのに、魔王の力を持ったその男は住人なんてお構いなしに戦いを始めたらしい。
アルテリウスは咄嗟に場所を移して応戦したが、勇者としての生活をやめていたので戦うための装備などしていなかった。そのため、ほとんどを防御に徹するしかなかったようだ。
「万全ではない俺が物足りなかったんだろうな。途中で攻撃をやめていなくなった。次会う時は俺を殺す時だとありがたいお言葉まで置いていったよ」
「怪我は大丈夫なの?ファウス様からあなたが怪我をしたと聞いたけれど」
「大したことない。これでも一応勇者だった人間だからな」
アルテリウスはニッと笑って言う。それを見てアデルは顔を顰めた。
「お前に傷を負わせるとは、本当に魔王の力だったと言うことか?」
「……そうだな。確かに魔王の力だった。ただ、お前のように洗練されてはいない。荒削りだったな。だからこそ万全ではない俺でも怪我程度で済んだのかもしれないが」
少し渋い顔をしてアルテリウスが言うと、アデルは目を細めて床を睨む。
「王国も攻撃され、聖女の力を持つクズ女を連れ去り、俺の元までやってきた。あの男が一体何をしたいのかさっぱりわからないが、性格のいい奴でないことだけは確かだな」
「ファウスの話では、王国を乗っ取ろうとしているようだ。そんな男に王国を奪われれば王国は腐るだけだろうな。それは阻止せねばなるまい」
アデルが静かにそう言うと、アルテリウスが意外そうな顔をしてアデルを見つめる。
「驚いたな、お前は王国に興味がなかったんだと思っていたが。というか、人間そのものに興味なかっただろう」
「……王国はエアリスの故郷だからな。エアリスの故郷でなければどうでもいいのだが」
「……ま、じか。お前」
アルテリウスが両目を見開いてアデルと私を交互に見つめる。え、なんだろう、そんなに驚くようなことなの?
「エアリス、お前、こいつに何をしたんだ?」
「え?何って……何もしてないわ」
「そんな馬鹿な。色仕掛けでもしたのか?……って、お前に限ってそんなことするわけないよな。それにお前が色仕掛けするとか想像できないし似合わないもんな」
腕を組んでうーんとうなるアルテリウス。色仕掛けって……そんなことしないし、そんなことしてもアデルは引っ掛かるような気がしないのだけれど。あと、最後に失礼なことを言われた気もしなくもないのだけれど、気のせいかな。
チラリとアデルを見ると、私とアルテリウスの会話を不機嫌そうに聞いている。
「最初は王国の聖女が魔王に拉致されたって聞いたけど、その後保護されていたって聞いてさらに驚いたんだよ。一体何があったんだろうって。ファウス様から詳しく話を聞いてなるほどとは思ったけどな。でも本当に驚いた。この魔王がまさか一人の女に、しかも聖女に入れ込むなんてあり得ないだろ」
入れ込まれてる、のかな?ただなんとなく気に入られて、揶揄われてるだけな気がしてるのだけれど……。
「まあ、でも元気そうだし、エアリスが幸せならそれでいいけどな。ここでの生活が合わなそうだったら俺の街に連れて行っていいとも思っていたんだが」
アルテリウスの言葉に、アデルの眉がピクリと動く。そして、アルテリウスを睨んだ。それを見てアルテリウスはニヤリ、と笑った。アルテリウスはなんだか楽しそう、だけど不穏な空気を感じる。
「ま、この様子ならその必要はなさそうだな」
そう言ってアルテリウスはククク、と楽しげに笑った。




