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アデルの片手から光が消えると、心臓がフッと軽くなる。暖かさや不思議な感覚も消えた。
「……はぁ」
「大丈夫か?」
胸を抑えて息を整えると、アデルが私の顔を見ながらそっと肩に手を触れてきた。
「ひゃっ!」
思わずビクッとなって声が出てしまう。
「すまない」
アデルも驚いてすぐに手を引っ込めてくれた。
「ご、ごめんなさい。なんだか、まだ体が変な感覚で……」
申し訳なさそうに言うと、アデルは私の言葉を聞いて口の端を上げた。なんだか嬉しそうな顔をしているのはなぜなのかしら?
「そんなことよりアデル!心臓にキスをするなんて聞いてない!」
突然キスをされて驚いたのと不思議な感覚が増したことに抗議したくてそういうと、アデルはなんてことないような顔をして言う。
「仕方がないだろう。キスをすることで俺の魔力の定着を強めるのだから。お前の心臓を守るためだ」
「え、そ、そうなの……?」
そう言われてしまうと、仕方がないのかなという気持ちになってしまう。でも、心の準備もあるのだから、そうならそうと先に言ってほしかった。
「そんなに嫌だったか?」
アデルが少しだけ悲しそうな顔で聞いてくる。そんな顔されるとなんだかこっちが悪いような気持ちになってしまうからずるい。
「嫌というわけではなくて……なんというか、不思議な感覚すぎて自分が自分じゃなくなりそうだったというか……。とにかく、初めての感覚だったから戸惑ってしまって」
思い出すとまた体が熱くなりそうだ。顔にも熱がこもってくるのがわかる。思わずうつむいてそう言うと、アデルはくくく、と嬉しそうに笑った。
「そうか。嫌でないならよかった。しかし、やはり俺がこうやってお前の心臓を触っておいてよかった。他の誰かがお前の心臓を触ってその様子を見るなんてこと、考えただけで虫唾が走る」
そう言って、アデルは優しく私を抱きしめた。さっきはまだ体が変な感じだったけど、ようやく落ち着いたのか抱きしめられても大丈夫みたい。
「私が他の誰かに心臓を握りつぶされて死なないように気にかけてくれたんでしょう。私がアデルにとって死んでほしくない存在になってたなんて驚きだけど、嬉しい。心臓を守ってくれてありがとう」
思ったことを正直に伝えると、アデルは体を離して私の顔を覗き込んだ。なんだか色んな感情が混ざった複雑そうな顔をしているのはなぜだろう。
「……確かにお前の心臓を守るためでもあるし、お前に死なれるのは困る。それは間違っていない。だが、それだけではないのだが……お前にはわかっていないようだな」
それだけではない?どういうことだろう。不思議に思って首をかしげると、アデルは少しうつむいてククク、と静かに笑い出した。
「お前は本当に純粋なのだな。純粋すぎて心配になる。いいか、俺以外の男は誰も信用するな。それから、他の奴の心臓も絶対に触るなよ。特にカイ、あいつにはどんなに心臓を触ってくれと言われても絶対に触るな」
両肩を掴まれて真剣な顔で言われる。よくわからないけど、アデルがこんなにも真剣なのだから真剣に答えないといけない気がする。
「わ、わかったわ」
大きくうなずくとアデルは満足そうに微笑んだ。最近はアデルの微笑みをよく見る気がする。
アデルが私に気を許してくれているのかもしれないと思うと、魔王城に残ることを選んで良かったなと思えた。
こうして、アデルと魔王城で暮らすようになって半年が経った頃、事件は起こった。




