23
手紙を書き終えたら部屋に来いと言われ、私はその通りアデルの部屋を訪れた。
コンコン
「入れ」
「失礼します」
ゆっくりとドアを開けて中に入ると、いかにも執務室といった部屋だった。書類の積まれた机ごしにアデルが私を見て口の端を上げる。
「来たな。手紙は書き終えたのか」
「ええ、無事に」
私が返事をすると、アデルは立ち上がって部屋の中央にあるソファに腰かけ、隣を手でポンポンと叩く。隣に来いっていうことね。
「私に頼みたいことって?」
アデルの隣に座って聞くと、アデルは私の片手を取ってこう言った。
「お前に、俺の心臓を触ってほしい」
「……ん?」
心臓を、触る。つまり、この間シリーが聖女の力を使ってアデルの心臓を握りつぶそうとしたことと、同じようなことをしろってこと?
「えっと、あなたの心臓に触れたら、私もシリーのようになってしまうのでは?」
シリーはアデルの心臓に触れたことで、全身に消えない黒い斑点がびっしりと浮かび上がっていた。アデル曰く、性格が美しくならなければ一生消えないらしい。あれと同じような目に合うとしたら、恐ろしさのあまり体が震えてしまう。
「お前はああはならない。あのクソ聖女は勝手に俺の心臓に触れ、握りつぶそうとした。ああなって当然だ。だが、お前には俺が触れと頼んでいる。俺の頼みである以上、お前の身には何も起こらない」
そう、なんだ。アデルの返事にほっと胸をなでおろす。
「でも、どうして心臓を触ってほしいなんて言うの?」
不思議に思って尋ねると、アデルは顔を顰めた。
「あのクソ女に心臓を触られてから、ずっと気色悪い感じがして仕方ないのだ。あの女の手の感触は最悪で、思い出したくもないのに心臓にべっとりと張り付いているようにさえ感じる。このままでは気持ち悪くて仕方がない」
そう言って、私の手を愛おしそうに眺める。
「お前のこの手で、心臓を触ってほしい。そうすれば、あの女の感触など消えてお前の手の感触がずっと残る。お前のこの手で上書きしてほしい」
懇願するような目で見つめられて、戸惑ってしまった。でも有無を言わせない顔をしていて、返事をせざるを得ない。
「アデルが望むのなら……」
そう言うと、アデルは目を輝かせて喜んだ。
「ありがとう。早速だが始めてくれ。すぐにでもお前に触れてほしい」
「わ、わかった。うまくいくかわからないけれど、やってみる」
聖女の力であれば、魔王の心臓にも触れることができる。でも、今までそんなことしたことがないから、うまくいくかわからない。
慎重に、意識を集中しながら片手に力をこめる。すると、片手が赤く光りだした。
掌に、暖かい感触がある。弾力があって、しっかりしていて、血がドクドクと通っているのがしっかりと伝わって来た。
「……んっ」
私の掌にアデルの心臓の感触が伝わった瞬間、アデルが小さくうなる。
「大丈夫!?」
「……大丈夫だ、お前の手はやはり心地よいな。触れられただけでたまらない心地になる」
そういうものなの?とりあえず嫌がられていないようで良かった。
「そのまま、優しく撫でてみてくれ」
「えっと、こう?かな」
「……んんっ」
親指で静かに優しく撫でると、アデルは胸を抑えてさらにうなり声をあげた。時折、吐息が混ざっている。
「!!ごめん、強かった?」
「……いや、問題ない。……ふーっ、そのまま、触っていてくれ」
本当に大丈夫なんだろうか?心配しながらも言われた通りにすると、アデルは私の手が少し動くたびに胸を抑えてうなっている。
あまりに辛そうなので心配になって顔を覗き込むと、アデルの頬は赤らんでいて、ものすごい色気を放っている。吐息が漏れるたびに色気も漏れているのだけれど、どうして!?
「アデル、そろそろやめたほうが……」
「……ああ、そうだな。ありがとうエアリス」
ホッとして聖女の力を消すと、掌からアデルの心臓の感触が消えた。手を見ると、どこにも斑点は浮かび上がっていない。良かった、アデルの言う通り、私には何の変化も起きなかった。そう喜んでいたら、急にアデルが私の手首を掴む。
「ア、アデル?」
アデルは私の手首を掴んだまま私の顔をじっと見ている。頬は少し赤らんでいて息遣いはまだ荒い。オーロラ色の美しい瞳はギラギラと熱を帯びて輝いている。
「ど、どうしたの」
そう尋ねても、アデルは一言も話さない。ただただ私の手を掴んでずっとギラギラした瞳で私を見ている。今にも飛びかかってきそうな勢いなのに、苦しげにそれを堪えているかのようだ。
アデルは両目をぎゅっと瞑ると、ブンブンと頭をふって大きく息を吐いた。
「大丈夫なの?」
「……すまない、大丈夫だ。それより、俺にもお前の心臓を触らせてくれ」
……はい?




