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14話 幼馴染

「抜けないで欲しい。解散はしたくない。なんでもいいけどとりあえず、抜けないでコンビのままでいて欲しい」


「…別の人と組めば、賞レースもっと進めるんじゃないの?許斐なら誰とでもやれるよと思うよ」


「嫌って言ってんじゃん。聞いてた?」


「聞いてたけど…」


人の目を見たまま話すのはすごく苦手だった。

今日くらいはと思ったけど、じっと見つめられるとやっぱり怖くて少し逸らしてしまう。



「…俺とだからやりたかったの?」


「うん」


「必要なの?俺のこと」


「うん」


「あはは…初めて聞いた」


桑野が俺に向かって手を伸ばす。下瞼のすぐ下の窪みを指でなぞっていった。


「でもまあ、許斐とやれるのは俺くらいだろね」


「なにそれ…まあそうだけど」


「だってお前スタッフさんと喋れてる?天気の話もできないじゃん。楽屋で他の人と仲良くも出来ないし、荷物だってすぐ散らかすじゃん」


「…そんなこと言ったら桑野だって、先輩の前でヘラヘラして怒られてたんじゃないの?あれ絶対治せって言ってきたのに治ってないし」


「…稽古中、ときどき」


「じゃあ桑野も同じじゃん、俺がいたほうがいいよ。お前の分も謝るよ」


桑野が目を泳がせて、それから下を向いたまま目を合わせなくなる。

何か都合が悪いことを言われた時の癖だった。こうやって目を逸らしてヘラヘラ笑って誤魔化すのがこいつの常套手段だった。

俺が嫌いだったところがそのまま残っていて、今は安心してしまう。


しんと静まり返った部屋で、寝そべった桑野に覆い被さったままで、ぽつぽつと俺たちはそんな会話をした。

腕で体重を支えているのに疲れてしまって、そのまま桑野の上に倒れ込むように突っ伏する。

桑野はいつも俺より少しだけ体温が高くて、それは今日も同じだった。


背中に手を回されて、子供をあやすように背中をとんとん叩かれる。

大人ぶった仕草が鼻について、締め上げるように首元に腕を回して思いっきり抱きついた。

うぎゃっと桑野が苦しそうな悲鳴をあげる。


「なんだよお前、ぐえっ」


「………………」


「なんか言えって!なんなの本当…苦しいんだよ!」


桑野がけらけら笑って俺のことをどうにか引き剥がした。学生時代、こんな風に戯れあって遊んでいた気がする。桑野はゲラだから何をしても、いつもこうやって笑っていた。


2人して身体を起こしてベッドに座る。そこそこ苦しかったのか、桑野がゲホゲホむせていた。

向き合って顔を見る。髪がくしゃくしゃに乱れていて、俺が見慣れている方の桑野に戻っていた気がした。

猫っ毛で、少しでも風が吹いている日はいつもセットが崩れてくしゃくしゃになっていた。家を出た瞬間に前髪が吹かれて立ち上がって、くそ!もうやだ!と文句を言う桑野をよくからかった。


「……もう言わないで、1人でやれるよとか、別の人とやればとか」


「言わないよ。そんなふうに思ってたの知らなかったし」


「あとお前も1人で平気とか思わないでよ。平気じゃないし。お前だってダメなんだから」


「…そうかなあ、俺はそんなことないと思うけど」


「そんな事ある。1人じゃダメ、すぐヘラヘラするんだから嫌われて終わるよ」


「なんだそれ」


桑野が少し体制を崩した。ギシ、とベッドが軋む音が響く。


「…でも俺からは離れたりしないよ。解散したくないし。そもそも許斐に誘われて始めたんだから、ずっとついてくつもりだし。許斐が俺がいいって言うなら、コンビは絶対やめないから」


「…………うん」


「あ、また泣くの?」


「うるさい」


ぐずぐず鼻を鳴らし始めた俺を見て桑野がにやにや笑う。悔しくて恥ずかしくて情けなくて顔を逸らした。ぼろぼろ溢れた涙は一向に止まらなくて、顔を隠すように覆っていた手のひらがぐしょぐしょになった。

桑野が差し出したティッシュを黙って受け取る。

思いっきり鼻を噛んで乱暴に目元を擦った。


「あーあー、そんな擦ったら歳取ってから皺になるよ」


「俳優みたいな事言うなよ」


目頭が熱くなるほど泣いた。

ぐしゃぐしゃになるまで泣いた。

桑野は黙ってとなりに座って、宥めるように俺の肩を抱いた。


ふいに、昔の先輩の話を思い出す。

青春を謳歌できた自信がなくて、もう一生青春してやろうって芸人になったと言っていた。


同じかもしれない。

桑野とずっと変わらないまま、学生の頃と変わらないまま2人で青春を続けたかったのかもしれない。ずっとくだらない話で笑って、成功のために夢中になって、喧嘩したら泣いて仲直りして、そんなふうにずっと。


結局俺は目が腫れるほど泣いた。

ひとしきり泣いてすっきりしたころにはもう結構な時間だった。風呂は部屋のシャワーで済ませるんじゃなくて、なんとなくで2人で大浴場に向かった。

もう真夜中だったから、俺たち以外に利用者は居なくて、広い風呂場でまたくだらない話をポツポツして、2人で部屋に戻った。

その日はすぐに眠ってしまった。アラームをセットするのも忘れていて、次の日の朝は桑野に肩を揺すられて起きた。もうさっそく俺がいてよかったねと、桑野が得意げだった。



「ヨリ戻せて良かったですね」


朝、マネージャーに挨拶をするとそんなことを言われた。なんですかその言い方と反論したかったけど、この人が居なければ本当にすれ違ったまま解散もあり得たわけで、もごもご感謝を伝えることにした。


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