12話 コンビ
許斐ひかる 割と泣き虫 よく泣く
桑野綾人 全然泣かない 映画でも泣かない
新幹線を降りて、地方の駅前付近のホテルに先に荷物を預けた。
桑野はまだチェックインを済ませていなくて、落ち着かなくて1人外に出る。
マネージャーはあんなふうに言ったが、一緒に住んでいたのだってもう数年前だ。
それ以降は別に2人で遊ぶことも、飲む事も無かった。それでかつ最近は仕事でも会えていないから、プライベートで長く顔を突き合わせても何を話して良いのか分からなくてソワソワしてしまう。
シラフで話す自信がなくなって、駅のすぐそばの居酒屋に入った。
酔わない程度に飲んでおかないと、もう何も言えないで終わってしまうような気がした。
安い店の味の薄いサワーを飲みながら、どうしようかと1人つらつら考える。
うまい具合に時間をつぶして店を出た。
ホテルのロビーに戻ると、ちょうど桑野がチェックインを済ませたところで、ひらひらと手を振られた。
「許斐聞いた?部屋一室しか取れなかったんだって」
「えっ?あー……うん、聞いた。桑野飯は食ってきたの?」
「うん今さっき。だからもう寝るだけ」
「そっか…俺も同じだ」
歩きながらどうでも良い会話をした。
エレベーターに2人で乗り込む。久々な気がした。それこそ一緒に住んでた時は劇場入りも同じ時間にしていたから、地下でやるライブはこうやってエレベーターに2人で乗って下った。若手の頃は周りの芸人がまだ怖くて、いつも桑野だけが俺の味方な気がしていた。
部屋のある階に到達して、前を桑野が歩いた。
泊まる部屋は少し広い程度のよくあるビジネスホテルだった。玄関が狭くて、中は広い。荷物を置いて奥のベッドに腰掛けると、桑野が隣に並んで座ってきた。
「本当にひさしぶり」
「……うん、そうだね」
抑揚の無い、低いトーンでゆるゆる話す感じ。
桑野の仕事以外の時の話し方を、久々に聞いたなと思った。
顔は上手く見れなかった。
桑野相手に何を緊張しているのかもう自分でもわからないまま、ずっとつま先を眺めていた。
こういう時、桑野はいつも会話を繋いでくれる。今日も同じで、桑野が気軽な話題を振ってくれた。
「もう5年ぶりとかになる?同じ部屋で寝るの」
「そうだろうな、ラジオ決まった頃だったし…」
「……懐かしいね、壁うっすくてさ。囁き声でネタ合わせした」
「あーあれ…練習するために同じ部屋に住んだのにね。結局家じゃできなかった」
「一回思いっきり喧嘩したじゃん、それで隣人に壁ぶん殴られて仲直りしたやつ」
当時を思い出したのか、桑野が笑った。
声を抑えた笑い声を聞いていると、つられて少し笑ってしまった。
多分思い浮かべているのは同じ風景で、俺が怒鳴った声が裏返って高くなって、桑野が大笑いして、その声がデカすぎて強めの1発を壁にくらったのだ。小心者の俺たちはそれで震え上がって、隣の部屋に頭を下げに行ったのだ。
懐かしさに気が緩む。こうやっていつも、桑野の笑い方ってつられるんだった。
「なんでだっけあれ…桑野が女の子連れ込んだからじゃ無い?俺家にいるのに黙ってさ」
「……そうだっけ?でも許斐がずっと怒ってたのは覚えてる。今みたいに黙ってむくれてた」
「…むくれてる?俺。そんな事ないんだけど」
「ちょっとなんか、不満そうな顔してんな〜と思った」
桑野が笑ってそう言った。
不満。ぼんやり考える。不満なんて無いと思ってたけど、何かしらあるんだろうか。あるとしたら、誰の何に対してなんだろう。自分の事なのによく分からなかった。
眉間に皺がよる。ますます機嫌の悪い顔をしてしまう。桑野がまた笑った。
「お前本当変わんないね、顔にすぐ出るとことか」
「…そんなすぐ人間変わんないよ」
「こうやってさ。喧嘩でもなんでも、日付跨いで持ち越しそうな時、どうしようもなくなったら何してたか覚えてる?」
「…全部覚えてる。何も忘れてないよ」
そう言うと、桑野が黙って顔を寄せてきた。
拒む理由も見つからなくて、そのままおとなしくキスされる。相変わらず唇は柔らかかった。