11話 2人
許斐ひかる 目を見て話すのが苦手
桑野がクランクアップを迎えて、3ヶ月半ぶりくらいにラジオ出演が決まった。
顔を合わせるのも、そのくらいぶりだった。
楽屋に入ると、先に来ていたのか桑野が安いパイプ椅子に座って、資料に目を通していた。
桑野はまた痩せたようで、全体的にすらっとしていて思わず立ち止まってマジマジと見てしまった。俺たちは元々身長が高かったけど、桑野は意外と手足も長かったようで余計にしゅっとして見えた。髪も少し染めたらしく、明るい茶色になっていて垢抜けて見えた。蛍光灯の光を受けて、髪の筋がキラキラ光っていた。
桑野が俺に気がついて口を開く。
「久しぶり」
「あー、うん…久しぶり」
微妙にぎこちない挨拶をして、控え室のいつもの席に座る。手元の資料に視線を落としていると、また桑野が話しかけてきた。
「許斐が出てるテレビ観てたよ」
「あ、観てたんだ。忙しいんかと思ってた」
「配信あったから、移動中とかでずっと観てた。あの木曜のやつ新幹線の中で笑っちゃってさぁ、結構恥ずかしかった」
思い出したのか少し笑いを堪えるようにして、桑野がそう言った。それをみて急に安心した。少し緊張も気まずさも無くなってほっとした。
生放送が始まって、久々にタイトルコールに桑野が混ざった。今まで通り細かいお知らせを桑野がさらさら読んでいって、やっぱ真面目なところは桑野が読んだ方が良いなとしみじみ思った。
相変わらず、桑野は俺の話でよく笑った。
1人でトークしていても作家やスタッフは笑ってくれたが、桑野は話のオチで、いつも少し早いタイミングで笑い出す。
今思うと桑野のこれがキッカケになって、うまくオチがつかないトークでもなんとかなっていたのかもしれないと気がついた。
楽しいなと思った。最近はずっと失敗したら嫌だなと思って1人で進行していたが、桑野がいるだけで楽しかった。安心して話せた。桑野は絶対に俺の話で笑うから、それだけで力を抜いて仕事ができた。
「許斐のラジオもね、俺割とちゃんとリアルタイムで聴いてたんだよ」
「なんでだよ…暇なの?俳優って」
「暇じゃないし!普通に面白いからちゃんと聴いてたの」
どうしてこの話の流れになったのかは分からないけれど、不意に桑野がそう言った。
なんの気無しにさらっと言った言葉で、いつもだったら話の軸にならない部分だからと特に拾わないで進める程度の呟きだった。
だけどこの時は、上手く流せなかった。
仕事として桑野と会話しているはずだったのに、パチンとそのスイッチが切れてしまった。手渡された、俺が読み上げるはずのメールを受け取れないまま、ぼろっと涙が落ちた。やばいと思った時には、もう止まらなかった。
「えっ許斐泣くの!?なんで!?」
すかさず桑野が大声で突っ込む。ナイスフォロー。せっかくフォローを貰ったのに、自分でも涙の理由がよく分からなくて、しどろもどろしてしまう。涙は堰を切ったように溢れていて、もう誤魔化せなくなった。
桑野が笑いながらどうしたんだよ!?と騒いで、作家もつられて笑ってなんとかまとまって一度CMに移った。
急いで席を外して顔を洗ってどうにか涙を止めて、どう繋げるのか手短な会議がはじまる。
青い顔をした俺を見て、ちょっと呆れたように作家が笑っていた。
「いいんじゃない、もうあとちょっとだし許斐さんは泣いたままで素直に行けば」
結局その後の放送は、ほとんど俺は半泣きのまま進む事になって、桑野がゲラゲラ笑いながらそれをいじって終わった。
放送後スタッフにも桑野にも謝った。作家には少し怒られたが、まあ仕方ないかみたいな目でも見られていて、情けない気持ちになる。桑野はなにも気にしていないといったようで、安心した。
ラジオ終わり、帰ろうと荷物をまとめているとマネージャーに呼び出される。スケジュールの確認かと思って近寄って話を聞くと、少し思っていた内容と違う話をされた。
「許斐さん、明後日コンビでロケの仕事なんですけど、日程的に前泊して欲しいので現地のホテル泊まってください」
「はぁ…分かりました」
「この日桑野さんも特にスケジュール詰まってないんで同じホテル取るんですけど、ツインで同じ部屋取りますね」
「は…え?なに、どういうこと?」
「一回ちゃんと2人で話してください。真面目な話でもなんでもいいから」
「えっちょっと待ってください、同じ部屋?なんで…話なら別に飯とかで」
「2人で元々暮らしてたんでしょ?なら近い環境でじっくり話した方がいいです。もうホテルも取ったから」
それだけ言ってマネージャーは帰ってしまった。
事務所に入ってすぐくらいからマネージャーは変わっていない。だからか、彼は時々こうやって強引にスケジュールを組むことがあった。
俺はしばらくぼうっと立ちすくんでしまった。
桑野綾人 真面目な話が苦手