街中での再会
「はい勇也、あーん」
「う……う、うん」
レインがウインナーを刺したフォークを突き出すと、俺は照れながら口に入れた。
レインと付き合うことになって一週間。ずっとこの調子だ。
最初はエンから「恥ずかしくないのか?」って言われたし、皆から居心地が悪そうな顔で見られていた。
……けど、今は皆もう日常の風景の様に気にしなくなっている。たまにライデンから嫉妬の目で見られるぐらいだ。
まさか、恋に憧れていたってだけでここまで積極的とは思わなかった。……まぁ、あんまり悪い気はしないけど。
「ねぇ、誰か今日食料の買い出しに行ってくれない?」
「食料が少ないのか?」
「アルツとミスクが凄ぇ食うからだろ?」
「私達が悪いの?」
「皆と同じ量じゃ足りねぇんだよ」
大食い二人によって食料の減りが凄まじいみたいだ。
――――――――――――――――――――
「んんっ……ん?」
「あ、美奈起きた?」
美奈が目を覚ますと、楓華が声を掛けた。
「美奈ちゃん起きたん?」
「玲。此処……何処? 私達バスに乗ってたはずじゃあ?」
「分からへん。気付いたら此処におったんや」
美奈は辺りを見渡すと、そこは大きな木が一本生えただけの丘の上の広場だった。
まだ全員起きていないが、クラスメイトの皆もいて、小森先生が起こしている。
「厚。大貴も起きてたの?」
「俺は今起きた。一体何処なんだ此処は? まさか天国じゃねぇだろうな?」
「それは無いよ。ほら」
厚が振り返って丘の下を指差すと、その先には町があった。
「日本……じゃないよね。でも海外にも見えない」
「そうなんだよ。まず……此処は地球なのかどうかも怪しいんだ」
「え、何? 此処は俗に言う異世界ってやつ?」
「かもしれないんだ。スマホも圏外だし」
美奈はスカートのポケットからスマホを取り出して電源をつけると、『圏外』と表示されている。
「皆さーん、集まって下さい!」
小森先生が皆を呼んで集めた。
「皆さん、よく聞いて下さい。今私達は何処にいるのか分かりませんし状況も分かりません。ですが、ずっとここにいても何も起きません。なので、町の方へ下りて情報を集めようと思いますが、良いですか?」
生徒達は不安そうな顔をしてしばらく沈黙する。
「だ、大丈夫ですよ! きっと、いや絶対何とかなりますから! さぁ、行きますよ!」
一番不安そうな林子を見て生徒達は更に不安になる。そんな林子を先頭に、生徒達は階段で丘の上から下りていく。
町の方へ下りてきた林子と二年三組の生徒達は、見たことの無い町の雰囲気や人が日本……いや、地球と違う事に驚きを隠せずにいた。
「やっぱり此処……地球じゃ無いね」
「こんな風景を見ても『ここは地球です』なんて言える程現実逃避出来ないわよ」
「と、とにかく、まずは此処が何処なのかを知りましょう。代表として、私が話を聞いてきます」
「……先生。足が震えてますよ」
「だ、大丈夫です! 任せて下さい! あ、あのお爺さんに聞いてきます」
足を小刻みに震わせながら、林子はベンチに座っている老人の元へ歩く。
「大丈夫かな? 林先生」
「林先生、何気に人見知りやさかいね」
「……心配だから、僕行ってくるよ」
「お、頑張れ~クラス委員長」
厚は老人に話しかけている林子の元へ向かう。
「あのぉすみません」
「はい? 何でしょうか?」
「あのぉ、そのぉ……」
「僕達、初めてこの町に来たんですけど、何て言う町ですか?」
「火之浦君!?」
横から入ってきた厚に林子は驚く。
「ここはウェアークという町ですよ」
「ウェアーク……?」
当然、全く聞き覚えが無いため、厚と林子は困惑する。
「何かお困りでしたら、冒険者ギルドに行ってみてはどうでしょう? あそこのギルドマスターは誰にでも優しい方ですから、頼りになりますよ」
「そうなんですか? ……どうしますか、火之浦君?」
「今は当てがないですし、そうしましょう。ありがとうございます」
皆の所へ戻ろうとすると、老人が思い出した様に声を掛ける。
「あっ、この町でしたら、エレメンターの方々に頼るのが良いかもしれません」
「エレメンター? 誰ですか?」
「おや、知りませんか? エレメントと呼ばれる特別な力を持つ人達の事です。その力で代々活躍していた方々で、先代に至っては人々を苦しめた魔王を倒した程です」
「そうなんですか」
(魔王っているんだ)
「当代のエレメンターの方々も、最近活動を始めたのですが、数ヶ月前にこの町をワイバーンの群れから守ってくれたんですよ」
「そ、そうですか。それで、そのエレメンターは何処に居るんですか?」
「町の北東にある三階建ての屋敷に住んでいますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
二人は老人にお礼を言い、皆の所へ戻ると、先程よりも重い空気が漂っていた。
「み、皆さん、大丈夫ですか!?」
「大丈夫な訳ないじゃん、林先生。急に知らない所にいて皆不安なんだから」
「そう……ですよね……」
林子は浮かない顔になって視線が下がる。
「それで厚。あのお爺さんから何か聞けたの?」
「ああ。何でもこの町に特別な力を持ったエレメンターって言う人達がいるらしいから、その人達を頼ろうかなと思ったんだ」
「せやけど火之浦君。私達の事をどう説明するん? 違う世界から来たなんて言うても信じてくれへんで」
「……」
玲の言葉に厚は黙り込んでしまう。
確かに信じてくれるとは思えない。どうすれば良いのか。
厚は頭を悩ませていると、街路樹を挿んだ反対側の道から話声が耳に入る。
「随分沢山買ったな」
「しょうがねぇだろ。お前とミスクが凄ぇ食うんだからよぉ」
「これまで皆さんの食事量を見て計算した結果、お二人は他の皆さんに比べて三倍近くの量を摂取しています」
「お金も無限ではないんですから、少し量を押さえた方が良いと思いますよ」
「オイラの心は今すごい滅多打ちを受けたぞ」
そんな話声が聞こえてきたが、今はそれどころではなかった。
これから先、そうすればよいのか厚は悩んでいる。
「もう買うのはこれだけ? “勇也”」
((((……ん?))))
「そうだね、十分買ったから大丈夫だよ。アルツが食う量を減らしてくれれば更に良い」
「酷ぇよぉ! “勇也”まで言うのかよ!」
聞き覚えのある名前を聞いて、厚、美奈、大貴、林子の四人は反応した。
「今、聞き覚えのある名前が聞こえたんですが……」
「きっと、同じ名前ですよ。はは……」
「そ、そうよね」
「だよな」
四人の会話がよく聞こえなかった楓華と玲は首を傾げる。
「どうしたんだろうあの四人?」
「さぁ、分かれへ……ん」
玲は視界に入ったのを見て目を大きく開く。
「どうしたの玲?」
「なぁ楓華ちゃん。うちの見間違いじゃなかったらなんやけど」
「ん?」
玲が街路樹の向こうを指差して楓華は振り返る。
「……ねぇ火之浦君、林先生」
「ん?」
「どうかしましたか? 風間さん」
「私の見間違えじゃなければ、あれって……」
楓華が近くにいる厚と林子を呼んで街路樹の向こうを指差す。
厚と林子は顔を向けるが、街路樹が邪魔でよく見えないので楓華の元へ行って見た。
指差した先には六人の少年少女がいるが、厚はその中で白いコートを着た少年を注目する。何故なら、顔は見えないが後ろ姿に見覚えがあったからだ。
しばらくすると、その少年の横顔が見え、それを見た厚と林子は思わず声を上げた。
「勇也!?」「光野君!?」
突然の大声に六人が驚き厚達の方を見た。
そして白いコートを着た少年、勇也は「え?」と声を漏らす。
「厚? 小森先生?」
勇也の声が聞こえた美奈と大貴は厚の元へ急ぎ、勇也の方を見る。
「勇!?」
「え、美奈も? 大貴まで。それにクラスの皆もいるし、どういう――」
「会いたかったぞぉ!! きょうだーい!!」
「うおっ!?」
跳びかかってきた大貴の顔に、勇也は左腕の予見の盾をぶつけた。




