谷の町の風少年
ジュノの町を出た次の日の朝。目を覚ますと、俺の顔をビトが覗き込んでいた。
「何してんの?」
「いや、それこっちのセリフだから」
ビトの言っている事が理解出来ずにいると、ビトが俺の右側を指差した。
顔を向けると、そこには俺の右腕を抱いて寝ているレインがいた。
「え? これどういう状況?」
「だからこっちのセリフだって。……何? 二人ってそう言う関係だったの?」
「違う違う違う違う!! レインって寝相悪いから、多分それでこうなったんだと思う!!」
あれ? でもこんな事が起きない様にレインは馬車で寝てたはず。
レインが寝てたはずの馬車に目を向けると、馬車の横にある簡易トイレのドアが少し開いてるのが見えた。
もしかして、トイレから戻る際に寝ぼけて俺の毛布に入ったのか。
「んん……」
レインが腕の力を少し抜くと、その隙に右腕をレインから放した。
「男としては良かったんじゃない? 女に抱き付かれて一緒に寝られるなんて。しかもレイン胸大きいし。……僕はこんななのに」
ビトは控えめな自分の胸をバンッと叩く。
「他人事みたいに言うけど、結構大変だぞ。バレたらヤバいし」
まぁ……本音を言ってしまえば嫌では無かった。さっきも腕を放す時に胸に結構当たったし。
「んんっ……」
突然レインの眉間にしわが寄ると、寝返って俺に背を向け、隣にあるビトが寝ていた毛布を蹴飛ばし、その後も何度か寝づらそうに寝返る。
「早く起きて良かったよ」
「ホントだな。でもビト起きるの早くない?」
「店の手伝いで早く起きてたからね。早起きが癖になったんだ。眠かったら昼寝すれば良いし」
確かに昨日も、ビトは眠いからって猫に変身して馬車の屋根の上で昼寝していた。本人曰く、猫に変身している時が一番寝られるらしい。
「勇也様、ビト様。おはようございます」
スリープモードに入っていたクロエが起きて挨拶をすると、朝食の準備を始めた。
「そろそろ皆起こすか」
「そうだね」
俺とビトは皆を起こした。
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ジュノの町を出て数日、俺達は次の目的地に向かっていた。
ジーリュによると、次に目指す町には風のエレメンターがいるらしい。
風のエレメントはその名の通り、風を操る力で、それで飛んだりすることも出来るらしい。
草木が全く生えていない荒れ地を進んでいると、遠目に大きな谷の中にある町が見えた。
「あそこが風のエレメンターがいるはずの、谷の町ヴァイルじゃ」
町に入ると宿に向かい馬車を預けた後、宿のおばあさんに風のエレメンターの事を聞いた。
「風のエレメンター……ああ、ウィド君の事だねぇ。家の場所は知ってるけど、あの子よく留守にしてるから行ってもいるとは限らないよ」
「構わぬ。教えてくれぬか?」
家の場所を聞き、向かおうと宿を出ると、突然目の前で、男が女性のカバンを盗って走り去る現場を目撃した。
「きゃぁぁぁ、誰か!!」
「何だ? ひったくりか?」
俺達は追いかけようとすると、突然一筋の風が吹き、空中を浮いている一人の少年が男を追いかけ、男を背中から蹴り飛ばし地面に倒した。
「俺がいる限り、この町で盗みなんて不可能だぜ!」
少年はそう言うと男からカバンを取り上げた。
「ほらよ。気を付けな」
前髪が緑のメッシュになっている黒髪に、緑と黒の服とズボンを身に付けた目つきの悪い少年は男が盗んだカバンを女性に返した。
「ありがとうね、ウィド君」
「気にすんな。じゃあな」
女性は軽く頭を下げてその場を後にすると、俺達はその少年、ウィドの元へ行く。
「お主が当代の風のエレメンターじゃな」
頭の上のジーリュがそう呼びかけると、ウィドがこちらを振り向いた。
「あ? そうだが、誰だお前等?」
「俺達もエレメンターなんだ、君と同じ」
「何? ……ここじゃあなんだ、俺の家に来い」
ウィドに俺達の事を教えた後、案内されて俺達はウィドの家にやって来た。
「親父から話は聞いてたぜ。時が来たら他のエレメンターと一緒に行動しろって」
「そうか。ところで、お主の両親はおらぬのか?」
「親父とお袋なら、事故で去年死んだよ」
「む……そうか」
ジーリュは下を向きガッカリする。
「ま、親父がああ言ってたし。お前等と一緒には行ってやる」
「え、ホントに?」
「ああ」
今回はあっさりと物事が進んだことに思わず呆気に取られたけど、これでエレメンターは八人目だ。
「だが、一つ条件がある」
「条件?」
ウィドは真剣な目で俺達に言う。
「今この町では盗賊団に悩まされてんだ。だから、盗賊団をぶっ潰したらお前等と一緒にいてやる」
「盗賊団?」
「ああ。最近町の外によく現れてな。町の奴等や町に訪れる奴等がたまに被害を受ける」
俺達が来た時に襲われなかったけど、運が良かったからなのかな?
「どのぐらい被害が出ておるのじゃ?」
「町の人口の三分の一ってぐらいだな。怪我をした奴も沢山いる。町の警備団も抵抗してるが、思ったより盗賊団の人数が多いみたいで苦戦してるみてぇだ」
ウィドは腕を組んで悔しそうに言う。
「ふむ……それは放って置けない話じゃな」
「だろ。で、どうだ? 盗賊団をぶっ潰すかどうか?」
「……」
「どうしたんじゃ勇也?」
「え? 何が?」
「いつもはお主が真っ先に引き受けるとか言うじゃろ」
「あ、ああ……勿論受けるよ」
いつもと様子が違うことを察したのか、皆が不思議そうに俺を見る。
「ならさっさと行こうぜ。盗賊団のアジトの場所は分かんねぇが、警備団なら何か掴んでるかもしれねぇ。だからまず、警備団の屯所に行こうぜ」
ウィドに案内されて、俺達はまず警備団の屯所に向かうことにした。
「ねぇ勇也、どうしたの?」
「え? 何が?」
レインが俺に心配そうに声を掛けた。
「なんか元気がない気がして」
「いや、大丈夫。本当に……大丈夫」
「そう?」
大丈夫。……なんて言ったけど、ホントは大丈夫じゃないかもしれない。
相手は盗賊団。つまり相手は魔物じゃなくて、人だ。




