第六十五話
私が提案したのは、ただ私の具合が悪そうだった、というだけの話だ。
ただそれは口元を押さえたり、お腹に手をあてたり、飲み物をレモネードにしてもらうのだ。
あとは医師に来てもらえばいいだろうか?
要するに、私が身ごもったかのように思わせるだけだ。
実際にはそこに触れていないけれど、私とアレン様は結婚してから仲睦まじい夫婦であると世間にはすでに周知されている。
後から体調を崩しただけだったとでもとれる方法だし、私自身アレン様の御子を授かりたいと思っているのは事実だし……それをこうして利用するのは、少しだけ気が引けるけれど。
「いいのか? ヘレナ」
「……ユルヨがもしも私に対して執着しているのだとすれば、あの男は私が幸せになった姿を傷つけたいのではと思うのです。かつての、言動を考えると……」
「それはそうだが」
「私の幸せとは何だろうと、思ったのです」
事前にアレン様に話を通し、そして協力してくれる人たちの前で私は今回の作戦について話す。
そう簡単に釣れるだろうかと疑惑の目を向けるアールシュ様たちに向けて、私はそっと目を伏せた。
確かにこんな単純なことでと思う。
成功しなければしないで、構わないだろうとそう思えるようになったのは、きっとみんながいてくれるからなのだろう。
ほんの少し前の私だったら、きっと失敗を恐れて何も言い出せなかったと思うのだ。
「私は、この土地に嫁いでアレン様の妻になれたことが幸せです。政略結婚ですし、せめて子がいたらと願っていました。子は、政略であろうとなんであろうと、私にとって血を分けた我が子ですもの」
「……」
「あ、いえ、今は違いますよ? アレンデール様との御子だからほしいのです。私が独り善がりに求めるのではなく、二人の子として愛していきたいと……」
「わかっている」
慌てて言い訳めいたことを口にする私に、アレンデール様は難しい顔をしながら抱き寄せてくれた。
その温もりに、少しホッとした。
「……それで、もしもユルヨが私の動向を調べているなら、私が幸せの絶頂にある時を狙うのではないかと思ったのです。そして私の幸せは何だろうと思って……この土地に嫁ぎ、アレンデール様と出会えて、本当の家族を作っていく瞬間ではないかと……」
「一理あるな」
ドゥルーブさんが頷いてくれて、アールシュ様に通訳してくれる。
ユルヨという男が何故私に固執するのかはわからない。
だけれど、あの花を寄越すくらいだからこちらに何かしら関心を寄せているのは確かだ。
「釣れるかもしれませんし、釣れないかもしれません。社交を始めた今なら、噂も広めやすいでしょうしその噂によって周囲の貴族から遠出に誘われることも減ると思います」
「……うん、そうだな」
『ですから、当面私は館内での茶会と勉強、アールシュ様たちには女性の体に良さそうな薬草の話をアレンデール様としていたという事実を作っていただきたいのです』
『承知した。……尻尾だけでも掴めればありがたい程度にしか我々も追えていないんだ、むしろヘレナと会えてあいつの影が見えただけでも俺たちとしては感謝しているからあまり気負わないでくれ』
『ありがとうございます、アールシュ様』
『まあ遠くない未来、本当の話になるだろうし今のうちから薬草を揃えるのはいいことだと思うぞ! バッドゥーラ本国から取り寄せるとなると時間もかかるだろうし、シュタニフ老も興味があるだろうしな!』
笑って了承してくれたアールシュ様に感謝する。
こういう深謀遠慮は王族にとって必須だと、パトレイア王がマリウスに聞かせていたことを思い出す。
私のしていることなんて、本当に小手先の話で……もしかしたら、あっさりとユルヨにも見透かされて馬鹿にされるかもしれない話だけれど。
(それでも)
こうして恐れずに、震えながらでも前に進める自分が、今は少しだけ誇らしかった。




