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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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第六十三話

 エアリス様に連れられて、私は町に出た。

 いつも町に行っても教会に寄るばかりで他のお店なんて知らない私は、ただ連れられて行くばかりだ。


(……領地に寄り添うって、きっとちゃんと町のことも知らないとだめなんだわ)


 視察としてついていった先の畑を見て、そこの人たちの顔を見て会話をしたように。

 町の人々も、当たり前だけれど領民で、身近な人々なのだと実感した。


「ここのお店は新進気鋭のデザイナー、あちらのお店は伝統的なものをよしとしている腕利きの針子がおりますわ」


「……どちらも覗きたいわ」


 一瞬だけ、躊躇いが生まれて私はそれを呑み込んで笑みを作る。

 本当は私にはどちらも敷居が高いなんて口から出そうだった。


 けれど、馬車から降りた私は『辺境伯夫人』であり、町の人々の目を集めるのだ。


(そうよね? 両方、とりあえず見るだけ……不平等には、しない。小物は、買ってもいいかもしれない……?)


 何も買わないというのもこういう時はよくない行動だと、知っている。

 辺境伯夫人が見るだけで何も買わないのはただの冷やかし行動として嫌がらせに思われるかもしれないし、貴族で領主の妻という立場で考えるならば領民の経済を回す為にも散財はある程度必要であると心得てもいる。

 

 それに私が領民に好まれたり、社交界で名が知れるようになればこの店で私が買ったものを『領主夫人が好んで使う』……なんて宣伝もできるのだから。


(でも、気持ちが追いつかないのよね……)


 そういった気持ちも全て淑女は笑顔の裏に押し込めるのだとエアリス様には厳しくいわれているので、今日は一日どこかの宗教画に出てくる女神のように笑顔を絶やさず過ごせるよう、気合いを入れる。


「エアリス様、まずはどちらから行きましょうか。お勧めはございますか?」


「そうですわねえ、そういえばデイドレスをお求めだと仰っていませんでした? でしたら伝統ある服もよろしいのではないかしら。ご結婚なさってからあまり新調しておられないのでしょう?」


「ええ、ディノス国のことを学んだり、王城に招かれたりと忙しかったものだから」


 穏やかに会話するように見せて、これは周囲に聞かせるだけの会話。

 エアリス様に言わせれば『こういう地道な活動も必要ですのよ。特に、嫁いで来られたヘレナ様には必要ですわ』と言われた。

 どうやら領民たちにとって〝領主の妻〟というものは雲の上のような存在で、どう寄り添ってくれるのか具体的に何も見えなければ敵にも味方にもなってくれないというのだ。

 

 アレン様は領民に好かれているということだから、私が変なことをすれば『領主様は愚かな妻をもらって可哀想だ』と言われるのだろうし、私が領民を味方につけることができれば『領主様夫妻が幸せなら自分たちもより幸せになれるだろう』と期待するんだとか。


 本当に難しい。


「では、そうしましょうか。エアリス様とお買い物ができてとても嬉しいわ」


「ええ、わたくしも嬉しいですわ!」


 ふふふと笑い合って、ああ、そこだけは本当の気持ちだから少しだけ、ホッとした。

 入った店内では気難しそうな老人と、にこやかな老婦人に出迎えられる。


「いらっしゃいませ」


 伝統的なドレスと呼ばれるものがいくつも並ぶ中で、私は少しだけ物珍しいきもちになってくるりと店内を見回した。

 派手すぎず、新しすぎず、落ち着いた雰囲気だ。


「良いお店ね」


「辺境伯夫人にお越しいただけて誠に光栄でございます」


「……デイドレスを何点か見せてもらえるかしら。あの、あまり締め付けがなくて柔らかな素材がいいのだけれど」


「かしこまりました」


 椅子を勧められてあれやこれやと見せてもらう中、私は柔らかなスミレ色のドレスを見つけてそれを手に取った。

 デザインとしては目新しいものではないし、地味と言われる方かもしれない。


「これがいいわ。……これに刺繍を入れてもらうことはできるかしら」


「刺繍でございますか。どのような」


「……裾に、スミレの花を」


「まあまあ、素敵ですわね」


 スミレ色のドレスに、スミレの花。

 私に似合うと褒めてくださったアレン様の顔を思い浮かべて、裾のレースには黒と青も添えてもらうことにした。


(……スミレ色が好きなのだと、世間に印象づけることもできるかもしれない)


 私は話術に優れているわけでもないし、社交的でもない。

 かといって目が覚めるほどの美人かといえばそうでもないし、愛想が良い方でもないし。


 社交を始めた際に悪い印象は今更持たれないとは思うものの、かといって良い印象を強く残せるかと問われたら疑問なのだ。

 ならば、何か別の物で印象を持たせるのは悪くない案だと思う。


(……私も、スミレのように強く咲く花になって……アレン様の隣に立ちたいから)


 そうして次に新進気鋭のデザイナーのところに行って、バッグと靴を見せてもらった。

 帽子は少し……私には難しそうだったので買わなかったけれど。


「素敵な買い物ができましたわねえ!」


「ええ、次にアレンデール様と出かけるのがとても楽しみになりました。ありがとう、エアリス様」


 お値段についてはわからない。

 アンナが対応していたから。


 でも、これでいいはずなのだ。


(ドキドキした)


 楽しかったし、頼んだ品が届いたらアレン様に一番に見ていただきたい。

 そう思ってなるほど買い物をする夫人たちの気持ちが少しだけわかった気がする。


(……次は、もっとセンスが良くなったら。アレンデール様にお洋服を贈りたいな)


 心が、浮ついた気がした。


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