第六十二話
私は私の決意を、アレン様に伝えてそして次に先生たちに伝えた。
より一層勉強をすると共に社交について学ぶにあたり、エアリス様は自分だけでは足りないだろうと仰った。
「安心してくださいませ、ほんの少し目立つための工作ですわ! 辺境伯様、奥方様の装いのために少々散財してもよろしくて?」
「ああ、それはもうむしろこちらからお願いしたいな。……だがそうだなあ、できれば露出は控えめで、私の色を入れてくれるとありがたいかな」
「まあまあまあ! 既婚女性に相応しく、慎ましやかな装いにいたしますとも!」
コロコロ笑うエアリス様に、私は目を瞬かせるしかできない。
確かに社交をするならば、装いは新しくするべきだし……夫婦の仲をアピールするなら夫の色を纏うのはわかりやすいと思う。
「……散財、ですか?」
「ええ。目立とうというならばわかりやすく散財のために町に出て、そして社交に加えて慈善事業が妥当なところでございましょう。辺境伯夫人として存分に『夫に愛されている』と知らしめるのがよろしいですわ」
「そ、そこまで派手にするつもりは」
「これは利点も多いことですのよ? まず、辺境伯夫妻が仲睦まじいとはすでに前回のパーティーで知られてはおりますが……それが上辺ではないかと疑うものもおりましょう。今後はお二人で社交をなさればそれも消えますでしょうが、それ以外の方法も必要かと思います」
「それ以外の、方法」
「さようですわ」
エアリス様に言われる内容は、言われれば自分でも『その通りだ』と思うのだ。
慈善事業に夫の名前で妻が行動する、妻がそういった活動をすることに夫は賛成しているのだと言外に伝えてそこにさらに足を運べば完璧だ。
同様に、町中に買い物に行く際にただの世間話で夫との話題を小さく漏らせばそれは民にも広がること。
そうして浸透させたそれと、散財するだけの財力を見せつければ……自ずと縁を持ちたい貴族たちは茶会やら夜会やら、こちらから声をかけなくても誘ってくるに違いない。
(……理解は、しているのだけれど)
どうしても自分なんかのために申し訳ないという気持ちが先に出てきてしまう。
そうするのが正しいと理解はしているのに、己を卑下するこの気持ちがなかなか消えない。
(……十八年分を、一気に解消はできないとシュタニフ先生にも言われたけれど)
いつかは、この感覚も呑み込めるのだろうか。
自分で『悪辣姫』の名を逆手に取り、目立とうと提案したまでは良かった。
本当に噂通りでなくてもいいのだ、それなりに悪名高い人間が良い行いをすれば目立つ。それだけの話。
私自身が噂とあまりにもかけ離れていることは自覚しているが、それをよその人に結びつけてもらってその違いにまた噂が広まればいい、とは思う。
別に私の名誉回復を図るとかではなくて、そこはどうでもいいのだ。
地に落ちたままではアレン様の迷惑になるので、フラットにはしたいけれど。
「……買い物に、その、エアリス様……ご一緒して、いただけますか……?」
「ええ、ええ、勿論ですわ! 館に商人たちを招くにも、まずは気に入る店を見つけなくてはね。うちの人でも良いですけれど、地元の商人たちと顔を合わせておくことはとても大事ですもの」
そうだ、ジャック様は頼りになるがやはり別の土地で活動していたこともあって、地元の人たちをまず優先させなければならない。
私はモレル辺境伯夫人として、領地を栄えさせるために必要なことをする、のだけれど……。
(散財……)
ドレスを買う? 煌びやかな?
ああそんなことをしたら、『悪辣姫がまた悪い癖を』なんて言われないだろうか。
いやそれでいいはずだ、その中で真っ当な使い方さえすればわかる人はわかるのだ。
足が竦む。
また派手な衣を寄越されたら?
私が断ったら、また……。
「ヘレナ」
「あ、れん、さま?」
「今日はエアリス殿と買い物を楽しんでおいで」
「!」
「好きなものを買うといい。そうだな、今度うちでデイパーティーをするのもいいかもしれない。エアリス殿、妻はスミレの花のように可憐だからそれをイメージしたドレスも作らせるよう頼んでもいいかな」
「かしこまりましたわ。では辺境伯様にも共布でクラバットとハンカチーフを準備してよろしいのかしら?」
「ああ、お願いするとしよう」
過去が、私に追い縋る。
だけど私の手に添えられたその温かな手が、守ってくれていると私は実感するのだった。




