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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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幕間 愛することは難しい

 正直、わたくしは子を持つ方々が、羨ましい。

 夫のジャックとの間に愛はある。

 金銭的に余裕もあり、地位も名誉も持ち合わせている。


 人が聞けば羨むような人生を歩んでいると自分でも理解しているけれど……それでもわたくしは、子がほしかった。

 愛する人の、子が。


 よその子を養子に迎える話もあった。

 だけれどジャックが爵位を与えられたことにより、養子の件はなかったことにした。

 世間に夫の商才を認められるのは嬉しかったけれど、そのせいで群がる小バエが増えてしまったことについては辟易する。


 爵位を継げないどこぞの貴族たちの子息を推薦してこられても困るし、そこで我が家の財産を当てにされても困る。

 下手にそれらを無視して養子を迎えれば、騒ぎ立てられるのも億劫だ。


『まだまだわたくしたちは蜜月のままでいたいのですわ』


 そう笑ってやり過ごしてはいるけれど……社交の場で女性陣たちに子はまだかと言われ続け、夫婦仲が良いのにとからかわれ、そして子がいないことで見下してくる連中にはもううんざりだ。


(愛しい人の子がほしかった、それだけよ)


 ジャックとの間の子であれば良かったし、養子を迎えたとしても彼と子育てをするのはきっと苦労も何もかも分かち合えて笑って過ごせる家族になれたと思うのだ。


 まあ、それも時間と共に諦め受け入れられたのだけれど。


 けれど、わたくしたちはヘレナ様に出会ってしまった。

 可愛い可愛いわたくしの、妹弟子のような存在。

 シュタニフ先生に引き合わせていただいた時には、ただなんと愛らしい方だと思っただけにすぎなかったというのに……あの方の境遇を耳にして、あの方の素直さに触れるにつれて、羨ましい気持ちも妬ましい気持ちも、思い出してしまった。


(どうして、愛してあげられないの)


 相手にも事情はあるのだろう。

 そう自分の理性は囁く。

 自分はこんなに渇望しても得られなかったというのに、何故と喚く感情も存在する。


「……ヘレナ様を産んで差し上げることはできないけれど」


 母親の座を自ら捨てた女がいるなら、それを拾う女がいたっていいのではないだろうか。

 これは私情だと自分の中で警鐘が鳴る。


 シュタニフ先生たちが辺境伯様と共に目指す、多くの方が自由に学べる世界のためなんて素敵な未来のためではなく。

 わたくしは、わたくしが望んでも得られなかった子供を手にするためにヘレナ様に手を差し伸べようとしている。


 親の愛を求めながら、親に求めることを諦めてしまったヘレナ様。

 子を欲しているのに、もう決して得られないであろうわたくし。

 互いの利害は一致しているのだから、いいじゃないかと……わたくしの中で誰かが囁いた。


(……せめて、恥ずかしくない人間でいよう)


 この心根こそが恥ずかしいと言われればそうかもしれない。

 だけれど、子を産み育て、愛して慈しみたかったと願うわたくしにパトレイア王夫妻のやりようはあまりにも、残酷だったのだ。


「エアリス」


「……ジャック」


「踏み込みすぎてはいけないよ。あの方が望んでくださる範囲で、それだけだ。……すまない」


「いいえ、いいえ」


 爵位がなければ、財を築かなければこうはならなかったのだろうか。

 貧しいながらも慎ましく、養子を迎えて笑い合っていたのだろうか。


 だけれど、わたくしがヘレナ様に出会ったのも神の導きのように思うのだ。


「……わたくしは社交の師として、そして娘を思う母のようにヘレナ様をお支えしたいと思うわ。勿論、出過ぎた真似はもうこれ以上しないと約束する」


「ああ」


「どうして、あの方のように素直で優しい子が傷ついていたのかしら。わたくしたちが、パトレイア王国にいたなら……」


 言っても仕方のないことばかり。

 だけれど、思わずにはいられない。


 あれがなかったら、これがなかったら、こうでなかったら。

 たらればでわたくしたちは、できている。


「ぼくらにできることは、真っ当に生きていくだけだよ」


「……そうね……」


 愛するということは難しい。

 そう真面目な顔で言う夫に、わたくしは泣きたい気持ちで寄り添うだけだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 心理描写が細やかに丁寧にされていて、それでいて文章がこなれていて読みやすいです。ヒロインの心が育っていく様子に心惹かれます。続きが読みたくてついついページを捲って(タップして)しまいます。…
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