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第六話

 なんと私の言葉がきっかけで、川に鉱毒が僅かながら流れ出ていたことが発覚した。

 山崩れを起こした領地では、ちょうどというかなんというか、そこは手をつけていない山林であったことから手が回っていなくて発見が遅れたとのことで……。


 といっても微量な物で、畑を直に触る農家の人々だから気づけたのかもしれない。

 特に健康被害に及ぶこともないそうなので、少し安心した。


 あの地に長く住まうご老人たちの勘というのはすごいのだなあとぼんやりと思いながら、私は今日も庭を眺める。


 イザヤに聞いたところによれば、鉱毒といっても気にしなくても土地にも作物にも問題ないレベルだったという。

 本当にごくごく微量のものだったのは、不幸中の幸いだ。

 だからお手柄も何もなかったのだが、旦那様が褒めてくださった。


「……本邸に来る気はないのか?」


「以前も申し上げましたとおり、どうぞ恋人さんを大事にしてあげてください」


「……いや、そうじゃなくて……ッ! そ、それよりも……今回のことで何か欲しいものは……」


「そのように私に気を遣っていただくことはございません。お手を煩わせることはありませんので、どうぞお気になさらず……」


 そうだ、褒めてもらえただけで十分。

 だって被害はなかったのだし、山崩れは自然災害だったのだし、全てが判明してみたところで誰か悪者がいるわけでもないのに褒美をもらうのはおかしいだろう。


「だがそれでは」


「旦那様が褒めてくださいましたから、それで十分にございます」


「……無欲だな」


「いいえ、私は強欲な女にございますよ」


 愛されてもいないのに、役にも立たないのに、こうして妻の座に居座っているのだから。

 望んだことではないけれど、それでもそのせいで誰かが嘆くのだから。


 せめて私が、他のお姉様のように素晴らしい王女であったならまだ旦那様のお役に立てただろうに。


 トーラお姉様のように堂々と貴婦人として立てたなら。

 ミネアお姉様のように人々を和ませ鼓舞することができたなら。

 サマンサお姉様のようにそこにいるだけで目の保養になる美貌があったなら。


 私には、何もない。


「ですから、こんな素敵なお部屋をいただいて、日々静かに過ごさせていただいているだけでも十分です」


 心からの言葉だ。


 この離れで過ごす時間は、とても静かで穏やかだ。

 母国にいた頃よりも、ずっと心穏やかでいられるのだからこれ以上のことを望んではいけない。


 それを望んだ私は、十分に我が儘で、そして妻としての役目を碌に果たさない悪辣な女に間違いないのだ。

 それ以上を望んでは、それこそ悪辣が過ぎるというものでしょう?


 いずれは離縁されてこの家を出るのだから、その際には少しだけでも心付けとして幾分かお金を渡してもらえると嬉しいなんて打算もそこには含まれている。

 この身一つで放り出されては、さすがに生きていけない。


 いえ、放り出されるくらいのことを仕出かしたなら仕方のない話ではあるのだけれど……でも王女という生まれである以上、変なところで野垂れ死んでは旦那様のご迷惑になるもの。

 これでも最終的にはどこかの修道院にでも身を寄せたいと思ってはいるのだ。


「……そうか……」


 だけれど、旦那様が求める答えではなかったようだ。

 もっと私が悪辣で、嫌な女でなければ困るのだろうか?


(ああ、そうか)


 離縁の理由に、子が生せないだけでは弱いと思っているのかもしれない。

 けれど今すぐ欲しいものと問われても、私も答えは出そうになかった。


(……どうしたら、いいのかしら)


 こんな時、アンナ(・・・)がいてくれたら相談できたのに。

 そう思って、また甘えたことを考える自分に辟易した。

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