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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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第五十九話

(親に、私はまだ愛情を望んでいるのかしら)


 自分にはそんな感情は残っていないとばかり思っていたのに、エアリス様たちとお話をして感じてしまったこと。

 このことについて、私はため息を漏らすしかできない。


 今も、エアリス様とお茶を飲みながら近日中にこの辺境伯邸で軽めの茶会を開くために準備を進めているのだけれど……ああ、こんな風に気もそぞろではいけないとわかっているのに。


「……ヘレナ様? どうかなさいまして?」


「いえ」


「なんでも仰ってみてくださいまし。解決できるとは限りませんけれど、答えの糸口になる可能性もありますわ」


 私の周囲は、人に恵まれている。

 だからといって頼り切った生活をしてはならないと律するのだけれど……その線引きが、まだ私には難しい。


 アンナやイザヤは私と身分差もあるということで決して踏み込んでこないし、モゴネル先生やシュタニフ先生は私が言い出すまで待ってくれているように思う。

 アレン様は……私が言い出せないかどうか、を、見ている気がする。


 でもエアリス様は違う。

 この方は、まず一歩踏み込んでから私の答えを待って、引く。

 それに戸惑うことも多いけれど、どこかホッとするのだ。


(言っても、いいのかしら)


 迷いはある。

 私は人に頼ることに慣れなければならない、だけれど頼りすぎてもいけない。

 それを学ぶ真っ最中で、きっとエアリス様は教えてくださる方なのは間違いないのだけれど……こればかりは、躊躇いがあった。


 パトレイア王国での私の扱いやその他で、私自身が抱える問題が辺境伯夫人としての振る舞いに影響するかもしれない。

 だからこそ、そういったことを教授してくださるエアリス様にはきちんと話をした。

 口外無用の約束も、アレン様の前で誓ってくださったからそこを疑うわけではない。


「……あの」


 だけれど、私はこれを考えなければいけないのだと思う。

 一人で考えたらきっとよくわからないままに、また思考を放棄しようとよくない考えに至ってしまいそうな気がしたから。


 私はエアリス様に話した。

 両親に対して思うところはないと思っていたはずなのに、エアリス様に娘のように思って接すると言われて心がざわめいたこと。


 親に対してまだ何かを抱いているのならば、私は彼らに次会った時に愛情を示されたら……それこそ、彼らの愛情を欲するあまりおかしな行動をとってしまうのではないか。

 そうなった時に、アレン様に対して不利益が生じる可能性を考えたら恐ろしくなってしまったこと。


 エアリス様は黙って私の話を聞いてくださった。

 自分でも言葉にしてみるとおかしな話だと思うけれど、私がもし『親の愛情がほしい』と願っていて、あの時のパトレイア王夫妻が私に対して愛情を向けていないままの彼らだったから何も感じなかっただけで、でも『愛している』と言われたら?


 手紙で気遣われても何も思わなくとも、顔を合わせて切々と訴えられたら?

 私は正気でいられるのだろうか?

 どうしても、自分に自信が持てなかったのだ。


 私自身が絆された結果、また人形のように彼らに扱われるのならば、自業自得で済む話だ。

 だけれど、私を人として扱い、愛してくださったアレンデール様に対して親の愛情を示されたからとそちらに歩み寄るのは……何か、ひどく裏切りのような、気もして。


「わたくしは子がおりませんゆえに、これは持論でしかないのですが」


「……はい」


「親の愛は無限などと申しますが、有限だと思うのですわ。むしろ子から親への思慕こそが無限であるのです。ですから、ヘレナ様がそのように思われるのは仕方がないと思うのです」


 エアリス様は仰った。

 彼女には二つ年上の兄君がいらして、自分に対してとても意地悪だったこと。


 でもそれは両親が幼く、女の子ということで何くれなくエアリス様に構っていたことに対する嫉妬で、ある程度成長してからは普通に仲良しの兄妹になったということ。


「兄は両親の愛を得るために、わたくしに構う二人にではなくわたくしを嫌いました。それこそが、子から親への思慕でございましょう。決して妹という存在を憎く思ったのではなく、ただ親の愛が無限ではないと本能で知っているからこそ、それを平等に分け与えられていないことに不満を持っただけだと思うのです」


「……」


「ヘレナ様はお話を伺う限り、ご両親の愛情は兄君に偏っておられたご様子。そして、ヘレナ様はご両親に期待することを止めた」


「……はい」


「ですから、幼子が持つ思慕は失われていなかっただけでは?」


 エアリス様のお言葉は、私にとって難しいお話だった。

 けれど、どこかでわかる気もする。

 両親は国王と王妃で、国の安寧を願う人々で、そのために王子を欲していて……もし、兄がいなかったら私にも愛を注いだのだと思う。

 それこそ、お姉様たちと分割した(・・・・)愛を。


「この土地に来て、ヘレナ様は愛されることを知ったのではありませんか。ですから、愛したいと願うわたくしたちに対して、感情が揺り動かされるのではないでしょうか」


「……では、私はどうしたらよいのでしょうか」


「どうもしなくてよろしいのではなくて?」


 エアリス様はおっとりと笑った。

 私の手をとって、優しく包むようにして撫でてくれた。


「ヘレナ様が心から笑える日々を迎えるために、わたくしたちも努力いたします。ヘレナ様はわたくしたちに、できるかぎり寄り添ってくださっている。これこそが愛を育てる秘訣なのですもの、きっと時が解決してくれると思いますわ」


「……時間が、解決」


「ああでも、是非ご夫君には今日のお話をしてくださいませね。大切なことですもの!」


 エアリス様の言葉に、私はただ頷くのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 親の愛は有限。分かりますね。
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