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世にも奇妙な『悪辣姫』の物語  作者: 玉響なつめ


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第五十六話

「それでは今日はこれでおしまいとさせていただきましょう。とはいえ、ヘレナ様はとても優秀な御方ですからわたくしが教えられることなんてもうほとんどございませんけれど……」


「とんでもないですわ、エアリス様。エアリス様の教え方はとてもわかりやすくて、いつも助けられております」


「そう言っていただけると、ありがたいことです」


 私の言葉にエアリス様はふんわりと微笑んでくれる。

 シュタニフ先生の教え子だというエアリス様は、私の母親……つまりパトレイア王妃と同じくらいの年齢の、ふわりと優しい雰囲気を持つ女性だ。

 礼儀作法の教師として私につく際『名前で呼ぶこと、社交の場と思って接すること』を徹底するように言った。


 師として自分を見てくれるのはありがたいが、それでは学べないものが社交にはあるのだと言われた。

 実際にこれからの社交場で顔を合わせた際につい口から『先生』と私が言ってしまえば、それは誰かにとっての減点対象であったり、足を引っ張るきっかけにもなるのだと。


 理解はしているし、そんな底意地の悪い人間はそういないことも承知の上で『潰せる可能性は潰しておいた方がいい』とのことだった。


 残念ながら、モレル辺境伯の妻という立場はなかなかに厳しいもののようだ。

 近年、代々の領主の努力が実って開拓が進み、住民が増えるだけでなく資源や物流なども盛んで成長度が高い分、やっかみなども多いらしい。

 それに擦り寄るだけでなく、貶しめて優位に立ちたい人間がどうしても存在する以上、そこには目を光らせるのが女たちの戦いなのだそうだ。


(私にできるかしら……)


 正直、他人が自分を嫌う視線に慣れきってしまっているせいで、危機管理能力というものが育っていない。

 それに他者への接し方、人を見る目というものも育っていないと自覚はある。


 こればかりは天賦の才と、そして経験だとシュタニフ先生は笑っていた。


「そういえば奥方様、よろしければ今度うちの夫がやっている商会に遊びに来てくださいませ。たまには慰問や視察だけでなく、目的もなく遊びに出ることも大切だと思いますわ!」


「遊びに、ですか? 夫が許してくれたら、是非に」


「嬉しいですわ、うちの夫も是非ご挨拶をと……」


 エアリス様の夫は、商人だ。

 商売の関係上爵位を得た方が便利だからという理由で没落貴族のとある筋から爵位を買い上げたので、成金男爵なんてあだ名で呼ばれているらしい。

 けれど気にすることなくディノス王国だけでなく、周辺諸国にも足を伸ばす元気な方のようで……エアリス様とは恋愛結婚なんですって。


「……聖王国にも出入りをしていた時期が夫にもあるそうです。わたくしは、シュタニフ先生から聞いておりますが……夫には何も話しておりませんの」


「……エアリス様?」


「先日お教えした社交場での会話方法、あちらを覚えておいでかしら?」


「え、ええ」


「女には女のやりようが、殿方とは違う淑女の作法ですわ。どうぞうちの夫を実験台に、淑女として話を聞きだしてみてくださいませ!」


「え、ええ!?」


「ふふふ。見知らぬ相手とはさすがに難しいですが、万が一がありましてもわたくしの夫ですもの。なんとでもなりますわ! ……それに、事情を耳にしてわたくしもヘレナ様が心配でなりませんもの。早く解決していただきたいと思っております」


「……エアリス様」


 そうだ、ユルヨ・ヴァッソンが私にもし本当に執着していたならば、私が幸せになっているこの姿をあの男がどのように思うのか。

 興味がなくなればいいが、不憫な目に遭っている私を望むあまり周囲に妙なことを仕出かされてはたまらない。


 勿論、あの男がそういった異常者であると認識している今、私の周辺にいる人々があの男の甘言に乗ることは一切ないとわかってはいるけれど……。


(どこで、誰がどう関わっているのか)


 それが分からない以上、私たちは私たちでやらなければならないことが多々あるのだ。

 私は領主夫人として領民を守るために、夫を支えるために、できることは学ぶこと。

 学ぶことはただ知識を詰め込むだけではいけない。


「……そうですわね。是非、エアリス様の旦那様を紹介してくださいませ」


 私は努めて優雅な笑みを浮かべてみせる。

 その様子に、エアリス様はとても嬉しそうな笑みを見せてくださったのだった。


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