第五十五話
とりあえずマリウスの手紙には、ユルヨが私に対して執着に近いものを抱いていたのではないかという心配も書かれていた。
それがどこまで続いていたのかはわからない、とも。
もう少しそれについて調べたいとはあったけれど、私が望まないのであれば返事も要らないと書いてあった。
(マリウス)
双子として生まれ、マトモに言葉も交わしたことがないたった一人の兄。
他の姉たちよりも接する機会が少なかったのに、姉兄の中でもっとも私に近しい人。
それは双子だからなのか、互いに孤独だったからなのか、今となってはわからない。
マリウスにだけ私からの返事があったと知って、パトレイア王夫妻はどう思うだろうか。
彼に対して酷い言葉を投げかける二人など想像もできないが、迷惑をかけることにならないだろうかと思うと封をする手が少しだけ震えた。
「……ねえイザヤ」
「はい、なんでしょうか奥方様」
「私からの手紙を……どうにか秘密裏に届けることはできないかしら」
無理難題を頼んでいることは承知の上だった。
できないと言われれば仕方ないで諦めるにしても、マリウスに迷惑をかけずになんとかできたらいいなという気持ちはどうにも捨てきれなかった。
「かしこまりました」
「え?」
「奥方様がそう仰るのであれば、このイザヤが叶えないわけには参りません」
「で、でも大変なんじゃ」
「お任せください」
にんまり笑ったイザヤに、私はびっくりしてしまった。
もう少し、難色を示されると思っていたのに!
「……イザヤは奥方様が頼ってくださったのが嬉しいんですよ」
「アンナ?」
「奥方様はもっとわたしたちをこき使うくらいの気持ちであれこれ言ってくださって構いません。できないことについてはご相談させていただくかと思いますが、可能な限りご希望に添えるよう尽力いたします」
「……」
私はそっとイザヤを見る。
アンナにいろいろと言われてバツが悪そうではあるけれど、イザヤも私に頷いて同意してくれた。
「ありがとう、イザヤ」
「もったいないお言葉です」
そうか、頼っていいのか。
当たり前のことに、私は今日も気づかされる。
(こき使うくらいの気持ち……)
でもそれはどうやったら覚えられるのだろう?
そもそもこき使うというのはどういうことなんだろう。
普段から掃除をしてもらって、食事だって用意されて、着るものはサイズのあった清潔感のあるもので、私の好みを聞いてくれて……。
声をかけてくれて、罵倒なんかしない。
「……どうしたらいいのかしら」
「奥様?」
「アンナはさっき『こき使うくらいの気持ちで』って言ってくれたけれど、私が望むものをいつだってみんなは整えてくれるから、私からどうしてほしいって思いつかなくて」
「……奥様は辺境伯夫人なのですから、もっといろいろなものをお求めになってもよろしいのですよ。ドレスやアクセサリーなども旦那様にお願いすれば、きっと喜んでご用意くださいます」
「ううん……そうねえ」
王城にいた頃に着ていたのは、サイズの大きな……それでも仕立てと生地は良いドレスだった。
華やかな装飾がこれでもかと施されたあの強い色のドレスも、着る人が着ればきっと素敵なものだったのかもしれない。
私には、似合わなかっただけで。
(アンナが来てくれた時には驚いていたっけ)
サイズ的には結局結婚する直前まで着ることができたし、寝間着だけはアンナが用意してくれたものがあったからずっと過ごしやすくなったっけ。
そういえばあの頃、アンナにもビフレスクにも『欲しいものはないか』と問われた気がする。
当時、私は何を言われているのかよくわからなかったけれど……。
(あれは、もしかして頼ってほしいということだったのかしら)
だとしたら、二人には申し訳ないことをした。
私は何も頼まないということもよくないのだろうと今になって知るのだ。
知らないことが多すぎる。
(確かにモレル家で用意された衣類は、王城にいた頃に比べると品質的には劣るのかもしれないけど……)
それでも私が好むような色合いで、柔らかな肌触りで、私にとってはとても良いものばかり。
動きやすくて、柔らかくて。
衣服に合わせて髪型を変えてもらって、それをアレン様に褒めていただける。
そんな暮らしを、今の私は送っているのだ。
だとしたら……これ以上を望むのは、だめな気がする。
「そうね、今は何も思いつかないの。これ以上望んでは、きっと本当の意味で私は我儘になってしまう気がして……」
「……」
アンナが困ったようにしていて、申し訳ないなと思うのだけれど私のこの言葉は本心だ。
私は噂通りの『悪辣姫』になってしまわないよう、自分の知らないことを知るために、先生たちに師事して学ぼうと心に誓うのだった。




