幕間 ハリボテの王族
また何かが割れる音が響く。
今度はカップだろうか? それとも花瓶だろうか。
同じ音を耳にした父上は、げっそりとやつれた顔でその物音に緩く首を左右に振るだけだ。
「……あれにも、考える時間が必要なのだろう」
「怪我人が出ていなければよろしいですが」
実の母親がここ一連のことですっかりと気落ちし取り乱すことが増えたというのに、それを心配しない僕は冷たい人間なのだろうか?
少しだけそこに、ざまあみろという感情があるからそう思ってしまうのかもしれない。
母上は、父上もだが……僕たちを愛してくれているのだとは思う。
ただその愛情はとても独善的で、いいや、長女と次女には正しく愛が注がれていたのかもしれない。
だとすれば、サマンサ姉上からか? 歪んだのは。
違うな、僕が生まれたからだ。
「……ユルヨ・ヴァッソンとシンナ・バァルの足取りは未だ掴めておりません」
「そうか……モレル辺境伯からの返事は?」
「そちらも、まだ。ヘレナにも思うところは多々あるはずです。さすがにパトレイア王国からの正式な書簡に返信をしないなどということはないでしょうが、期待はしない方が……」
「……そうか、そうだな」
そうだ、返事を期待する方がどうかしている。
僕らは誰もが独善的で、押し付けた愛情を建前に『愛しているから問題ない』とそれに胡座をかいて大切なものを見失っていたのだ。
(父上はまだ許してもらえると思っているのだろうか? 母上はまだ自分が愛していると声高に叫べば伝わると思っているのだろうか?)
この人たちは気づいているのだろうか、実は僕たち五人の子供たちの、全員を否定しているってことに。
(……姉上たちを愛しているといいながら、僕が生まれた途端に見向きもしなくなって政務をやらせてとっとと嫁がせた。僕には将来良い王になるためにという名目で贅を尽くし、そしてヘレナに見向きもしなかった)
愛してはくれているのだろう。
パトレイア王家の幸せな家族とやらを。
そんな風に思ってしまう自分の捻くれ加減に笑いが出てしまいそうだ。
(こんな歪んだ男が次の王になっていいのだろうか)
ユルヨの件を調査する中で、自分の婚約者もその毒牙にかかっていたことが発覚した。
混乱を避けるためにも今のところは婚約を継続しているが、王太子妃としては迎え入れることができないことはもう決定済みだ。
そういう意味でも僕らはあの悪人を放置していた罰を受けている。
誰もが人当たりの良いあの笑みに騙されて、本当に大切にしなければならないものを失って、それを隠して誤魔化して。
まったくもっていやになる。
よその国でもこれがあったのかと思うと、見も知らぬ誰かと酒を酌み交わしたい気持ちだ。
勿論、あちらだってそんなことは望んではいないだろうが。
(しかし、ユルヨを捕らえたところで)
貴族たちが彼に踊らされた事実は変わらない。
そして第四王女を虐げた過去も。
いずれの未来では笑い話にもなるだろうし、教訓にだってなるだろう。
だけど、今現在を生きる僕らにはとんでもない話でしかない。
あの男に毒されたのは、年端もいかない少女だけじゃない。
将来有望だった者たちが、幾人道を誤ったことか。
野心の強い者や、加虐心を増大させられた者、罪悪感から良心を失ってしまった者、そういう風に人を歪める、それがユルヨ・ヴァッソンという男だ。
(ヘレナ)
調べてわかったのは、あの男はヘレナのことを気に入っていたらしい。
傷つけたことが露見して撤退した後も周囲の令嬢を使ってヘレナを攻撃したのは、自身を守るためだけではなく……ヘレナの傷つく姿を見ていたいからだという証言まで出てきたのだ。
まったくもって理解はできないが、できなくていい事柄だと頭の中で処理をする。
「……僕は母上の様子を見て参ります」
「そうか。頼む」
両親の仲はすっかり冷え切ってしまったようだ。
というよりは、これらの処理に追われる父上と自分に責任はないと必死に訴える母上が、噛み合っていないだけなのだけれど。
(ハリボテの王族か)
いつか、そう歴史書に記されるのだろうなと思うとまた笑いが出そうになるのだった。




